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塔の灯りと、指先が触れそうで触れない距離

塔の灯りと、指先が触れそうで触れない距離

もし、この部屋を予約するかどうか迷っているのなら。あるいは、相手にどう切り出せばいいか分からず、画面を眺めたままの午後を過ごしているのなら。ただ、今の二人が持っているその「分からない」という感覚を、そのままに持ってきてほしい。答えを出すための旅ではなく、ただ一緒に迷うための場所があることを伝えたかった。

瑠璃色の静寂に、心拍を重ねて

指先に触れるガラスの冷たさと、外のむっとした湿った夜気。その境界線に立っていると、遠くに見える別府タワーが、深い瑠璃色の夜にゆっくりと溶け込んでいくのが見えた。部屋の明かりを落とすと、塔の灯りだけが静かに脈打っていて、それがまるで誰かの心拍数のように感じられた。私たちの間には、ちょうどその塔と同じくらいの、絶妙な距離があった。近すぎず、けれど完全に離れているわけでもない。その空白が、今の私たちにはちょうどいい温度だった気がする。

畳のい草の香りが、冷房の風に吹かれてかすかに漂っている。裸足で踏みしめた床の感触は、想像していたよりもずっと柔らかく、自分の足音が静かに吸い込まれていく。その静寂の中で、隣にいる君の呼吸の音が聞こえてきた。普段は意識もしないはずの、ごく小さな音。けれどここでは、そのリズムがとても大きく、大切に聞こえる。「ねえ、今は何も考えなくていいよ」と心の中で呟いた。私たちは、お互いの正解を探すことに疲れていたのかもしれない。でも、この深い青色の景色を一緒に眺めているときだけは、何も答えを出さなくていいという、不思議な安心感に包まれていた。窓の外に広がる夜の街の喧騒と、和室の中の濃密な静けさ。その鮮やかな対比が、もやっていた私たちの輪郭をゆっくりと、けれど確実に描き出していく。もしかすると、愛とは何かを定義することではなく、ただ同じ方向を向いて、同じ静寂を共有することなのかもしれない。

湯気にほどける、不器用な体温

お風呂から上がった後の、肌がわずかにしっとりとしている感覚。別府温泉 悠彩の宿 望海の屋上露天風呂で感じた、あの独特の「つるぬる」としたお湯の質感が、まだ指先に心地よく残っている。それは、皮膚の表面を薄い膜で覆ってくれるような、不思議な保護膜のような安心感だった。浴衣に着替えようとして、私は帯の結び方で盛大に迷走した。鏡に映った自分は、どうにも不格好で、なんだか下手な梱包作業で包まれた荷物みたいになっていた。君が小さく笑いながら、私の帯を締め直してくれたとき、肩に触れた手のひらが、源泉のお湯よりもずっと温かかったことに気づいた。

部屋食で運ばれてきた関アジの刺身は、舌の上で静かに脂がほどけ、深い海の味がした。大分和牛の柔らかな質感と、口いっぱいに広がる濃厚な香りが、心地よい疲労感に浸っていた身体にゆっくりと染み込んでいく。私たちは、あまり多くを語らなかった。ただ、「美味しいね」と頷き合い、地元の地酒を小さなグラスで分け合った。会話の合間に訪れる沈黙が、以前よりもずっと自然に、心地よく流れていく。それは、無理に埋める必要のない、贅沢な空白だった。もしかすると、私たちはこの旅で、言葉以外のコミュニケーションを思い出したのかもしれない。お互いのリズムが、少しずつ、けれど確実に同期していく感覚。それは、音楽のテンポが合うときのような、静かな快感に似ていた。湯気に巻かれた別府の夜は、私たちの間にあった不器用な緊張を、ゆっくりと、優しく溶かしてくれた。

硫黄の香りに包まれて、ある部屋の、ある午後より。

  • 別府タワーまでゆっくり歩いて、夜の街の灯りが水面に反射する様子を眺めてみて。
  • 露天風呂付の客室を選んで、誰にも邪魔されずに二人だけの時間を贅沢に味わって。