子供が浴衣の袖から指先を少しだけ出して、不思議そうに眺めている。糊のきいた生地が擦れる、カサカサという乾いた音。帯を締めすぎて「苦しい」と大騒ぎする次男をなだめながら、私はふと思った。旅の記憶というのは、きっとこういう、計画になかった小さな混乱の積み重ねでできているのかもしれない、と。
別府温泉 悠彩の宿 望海に足を踏み入れたとき、まず肌に触れたのは、しっとりと落ち着いた空気が持つ「柔らかさ」だった。和風の趣が漂うロビーでチェックインを待つ間、子供たちはじっとしていられず、厚みのある絨毯の感触を確かめるように、小さな足でリズムを刻んでいる。その無邪気な足音を聴きながら、私は心地よい安堵感に包まれた。ここなら、私たちのこの「兵慌てな旅」も、そのまま優しく受け入れてもらえる。そんな予感がした。
家族の心に刻まれた、五つの記憶の断片
大きすぎる浴衣:畳に擦れる布の重い音と、陽だまりのような懐かしい匂いがする生地の質感。帯をうまく結べず、何度もほどいては結び直す、まるで秘密の作戦会議のような時間。それを一番に楽しんでいたのは、鏡に映る自分の姿に満足げな笑みを浮かべていた次男だった。
お部屋食の贅沢な大皿:和室という家族だけの聖域で、大分和牛の脂が舌の上でゆっくりと溶けていく濃厚な温度。関アジの刺身を巡って、長女と次男が静かだけれど激しい交渉を繰り広げる賑やかな声。レストランではなく、自分たちの空間で食事ができることで、大人の心にどれほどの余裕が生まれるか。それを実感したのは、子供たちのわがままを笑って許せた自分だった。
屋上露天風呂の濃密な触感:指の間をすり抜けていく、滑らかでつるりとしたお湯の感触。十月の冷たい夜風が頬を撫でるけれど、源泉かけ流しの熱いお湯に肩まで浸かれば、体の中の緊張がゆっくりとほどけていく。家族の間にある小さな摩擦さえも、このお湯がすべて滑らかに流してくれた気がした。この不思議な触感に真っ先に気づき、「お魚みたい!」とはしゃいでいたのは長女だった。
ベッド足元のガラス窓:夜明け前の、深く澄んだインディゴブルーの世界。遠くで点滅する別府タワーの光が、まるで誰かが秘密の合図を送っているように見えた。冷たいガラスに額を押し当てて、静寂に包まれた街をじっと眺めていたのは、まだ眠くないと言い張っていた次男だった。
湯の花が舞う乳白色のお湯:魔法の薬のように白く濁った、少しだけざらついたお湯の重み。鼻をくすぐる硫黄の香りが、日常の喧騒を遠ざけてくれる。このお湯に触れた瞬間、旅の疲れという名の重い荷物を、どこかに置いていけた気がした。その不思議な色に興味津々で、指先でゆっくりとかき混ぜていたのは長女だった。
湯上がりに、みんなで一つの大きな布団に潜り込み、誰が一番先に寝落ちするか競い合っていた。
- 子供連れなら、周囲を気にせず家族の時間を満喫できる「お部屋食」プランが絶対におすすめです。
- 本館屋上の露天風呂と温浴棟、二つの源泉の質感の違いを家族で言い合うのも、旅の醍醐味になります。