「本当にここでいいの?」
君が、少しだけ不安そうに古びたエントランスを見上げて呟いた。
「わからない。でも、なんだか心地いい気がするんだ」
僕は君の指先にそっと触れた。十二月の冷たい空気が、二人の間に薄い膜を張っているみたいだった。私たちはどちらからともなく、その静かな境界線を越えて、彰化桜山飯店の重い扉をゆっくりと押し開けた。
木の香りと、重なり合う呼吸の記憶
指先に伝わるドアノブの冷たさが、今の私たちの距離感に似ている気がした。少しだけ緊張していて、けれど、誰よりも触れ合いたい。チェックインを済ませてエレベーターに乗り込むと、古い機械特有の、わずかに震えるような振動が足裏から伝わってきた。扉が閉まるまでのわずかな空白の時間、私たちは顔を見合わせて小さく笑った。その拍子に肩が触れ、厚いコート越しに君の体温が伝わってくる。そんな些細なことで、心拍数が不規則に跳ね上がるのがわかった。
二階のホールに足を踏み入れると、日治時代から受け継がれているという檜のデスクが目に飛び込んできた。深く、落ち着いた木の香りが鼻腔をくすぐり、意識をゆっくりと深い場所へと沈めていく。かつてここが製材所だったという記憶が、滑らかな木の質感となって今も息づいている。私たちはあえて多くを語らず、その静寂を共有することにした。言葉にするよりも、同じ空気の密度を感じている方が、今の私たちには正しいのかもしれない。
七階に上がると、かつての新婚夫婦たちが利用していたという専用のサービスカウンターが静かに佇んでいた。数十年前にここで期待と不安に胸を膨らませていた誰かの体温が、冬の空気の中に溶け込んでいるように感じられた。私たちはまだ、そんな完成された関係ではないけれど、この場所の穏やかな時間の流れに身を任せていたいと思った。特級の独立型ポケットコイルベッドに体を沈めると、心地よい弾力が全身を包み込み、外の世界から切り離された繭の中にいるような安堵感に満たされる。部屋の中には冬の午後の柔らかな陽光が差し込み、金色の埃の粒子がゆっくりとダンスを踊っていた。
ふと、空腹に気づいて外へ出る。駅からわずか四分、歩くたびに冬の乾いた風が頬を撫で、意識を鮮明にする。向かったのは、すぐ近くにあるアチャン・ロウユェンの店だ。もちもちとした弾力のある肉圓に、独特の甘いタレが濃厚に絡み合う。口の中に広がる深い甘みと、時折顔を出す胡椒の刺激。君が「美味しいね」と笑ったとき、その表情が十二月の淡い陽光に照らされて、透き通るように綺麗だった。特別な計画なんて何もなかったけれど、ただ一緒に歩き、一緒に食べる。その単純なリズムが、ゆっくりと、けれど確実に同期していく感覚があった。
夜、部屋に戻ってから、私たちはしばらくの間、ただ隣り合って座っていた。誰かが何かを言うまで、心地よい沈黙が部屋を満たしている。孤独というものは、消し去るべきものではなく、二人で共有することで、より深い安心感に変わるのかもしれない。君の呼吸が、僕の呼吸と重なる。その瞬間、彰化桜山飯店というこの古い空間が、世界で一番安全な場所になった気がした。
冬の夜の静寂に、二人の鼓動だけが静かに響いていた。
- 七階のハネムーンカウンターの前で、あえて今の正直な気持ちを話してみて。
- アチャン・ロウユェンの甘いタレを楽しみながら、冬の陽だまりの中をゆっくり散歩しよう。