「ねえ、10分で買えるって言ったの誰? 完全に嘘じゃん!」
「いや、レビューにはそう書いてあったし! 2022年の記事だったかもしれないけどさ」
「言い訳がましいな! 見てよ、私の足。もうアスファルトに溶けて液体になってるよ」
「文句言わないで、ほら、あと少し。ここで諦めて戻ったら、もう二度と蛋黄酥は買わせないからね」
互いに呆れながらも、不二坊の長い行列の中で私たちは小さく笑い合った。誰かが誰かを鋭く突き放し、誰かがそれにわざとらしく反論する。湿った熱気が肌にまとわりつき、周囲からは焼きたての菓子の香ばしい匂いが漂ってくる。そんな、いつもの、けれど旅先だからこそ心地よい喧騒の中。結局手に入れた黄金色の焼き菓子は、待った時間以上の価値があるほどに芳醇だった。私たちはそれを、まだ温かいうちに分け合い、誰が一番多く食べたかでくだらない賭けを始めた。
喧騒の裏側に広がる、空白の心地よさ
承攜行旅の重いドアを開けた瞬間、外のねっとりとした熱気がふっと消え、空調の冷たい空気が心地よく肌をなでた。まず驚かされたのは、四人部屋という贅沢な空間の広さだ。誰かが小さく咳をしたとき、その音が壁に当たってわずかに跳ね返ってくる。それくらいの距離感がある。裸足で踏んだタイルのひんやりとした温度が、歩くたびに足裏から体温を奪い、同時に火照った頭の中を静かに冷やしてくれる。部屋に配置された家具にはどこか懐かしいレトロな年代感があり、使い込まれた木の質感が、旅人の心を落ち着かせる。白いリネンがピンと張られたベッドに体を投げ出したときの、深い沈み込み方がちょうどよかった。
彰化という街を旅することは、古いラベルの端をゆっくりと剥がしていく作業に似ている。急いで剥がそうとすれば紙が破れてしまうけれど、爪の先で少しずつ、慎重に端を浮かせていくと、その下に隠れていた本当の色が見えてくる。駅からホテルまで歩く道すがら、すれ違う人々の話し声や、どこからか漂ってくる肉圓の香ばしい匂い。そういう断片的な情報を集めているうちに、この街の輪郭が少しずつ明確になっていく。
4月の光は、どこか曖昧で、それでいて優しい。窓から差し込む光が、部屋の隅にある小さな埃のダンスを照らしている。私たちは、わざと計画を立てなかった。目的地を決めずに歩き、迷い、結局同じ場所をぐるぐると回った。けれど、その「無駄」こそが、この旅のメインディッシュだったのかもしれない。広い部屋の真ん中で、私たちは大きな荷物を広げ、お互いの忘れ物を笑い合った。誰かが持ってきた奇妙な色の靴下や、使い古された充電ケーブルの絡まり。そういう不完全なものが、この空間に溶け込んで、不思議と安心感を与えてくれる。バスルームにある浴槽に身を委ねれば、一日の疲れが湯気と共に消えていくのがわかった。承攜行旅という静かな拠点が、私たちの絆をより柔らかく結びつけていた。
深夜2時の、低い周波数の話
「ねえ、10年後も私たち、こんな風にくだらないことで喧嘩してるかな」
「多分ね。ただ、歩くスピードは今よりずっと遅くなってると思うけど」
部屋の明かりを落とし、間接照明だけがオレンジ色の柔らかな影を壁に落としている。昼間の騒がしさが嘘のように、声のトーンが自然と下がっていく。誰かが持ってきた蛋黄酥を最後の一つまで分け合い、口の中に残る卵黄の濃厚な甘みと、パイ生地のサクッとした記憶を反芻する。
「外、見て。白い花が舞ってる」
窓の外では、桐花が夜風に揺れていた。闇に浮かび上がる白は、雪よりも静かで、けれど確かな温度を持っている。誰かが、その花びらが肩に触れたと言った。目に見えないほど軽いけれど、そこには確かに「今、ここにいる」という重さがある。私たちは、無理に答えを出そうとはしなかった。ただ、心地よい静寂を共有し、時折、誰かが小さく笑う。その笑い声が、広い部屋の中でゆっくりと溶けていく。明日になれば、また誰かが誰かをからかい、慌ただしく街へ飛び出すのだろう。けれど、この深夜の静けさだけは、誰にも邪魔されたくない、私たちだけの秘密の周波数だった。
枕元に置いたグラスの中で、氷がひとつ、小さく音を立てて溶けた。
- 駅からホテルまでの道中にある路地裏の小さな店に、ふらっと立ち寄ってみるのがおすすめ。
- 桐花が見頃の時期は、少し早起きして、朝の冷たい空気の中で白い花道を歩いてほしい。