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閉まりきらない障子の隙間に、春がいた

頬を刺すような冷たい風が、駅に降り立った瞬間に肺の奥まで入り込んできた。4月の松山は、まだ冬の残像を抱えているのかもしれない。私たちは「誰が一番先に春を見つけるか」という、どうでもいい賭けをしながら道後舘へと向かった。

同じ午後、二つの視点

手のひらに触れたみかんジュースのグラスが、驚くほど冷たかった。指先に伝わる結露のしっとりとした感触と、口の中に広がる濃密な甘酸っぱさ。それが、この旅の始まりの合図だった気がする。ロビーのしつらえに圧倒されて、私たちは少しだけ声を潜めた。でも、グラスを置くときの「コツン」という小さな音が、心地よく響いていた。


ロビーに流れる水の音が、低いハミングのように空間を埋めていた。視界に入る黒川紀章氏の設計による直線的なラインと、和の柔らかい曲線が混ざり合う場所。スタッフの方の深いお辞儀の角度に、心地よい緊張感が走る。でも、隣で友人が「このジュース、濃すぎない?」と小声で吐槽しているのを聞いて、ふっと肩の力が抜けた。私たちは、ここに来て正解だったのだと思った。

同じ食事、二つの記憶

舌の上でほどける地魚の脂が、バターのように滑らかだった。出汁の香りが鼻に抜け、温かい炊き立てのご飯が胃に落ちていく。器の陶器のざらりとした質感まで味わいたくなるような、丁寧な会席料理。一口ごとに、身体の芯から温度が上がっていくのがわかった。食べることさえ、一つの探索のように感じられた。


照明が落とされた部屋で、私たちは慣れない箸使いに苦戦していた。誰が一番きれいに食べられるか競っていたはずなのに、結果的に誰が一番早くお腹いっぱいになるかという話にすり替わっていた。友人たちの笑い声が、薄暗い空間に点在する光のように心地よい。味よりも、その場の空気がもたらす充足感に、胸の奥がじんわりと熱くなった。

私たちが唯一、同意したこと

それは、庭園露天風呂の温度についてだ。外気は14度くらいで、肌に触れる風はまだ鋭い。けれど、42度のお湯に身を沈めた瞬間、皮膚の境界線が消えていく感覚があった。冷たい空気と熱い湯の、激しいコントラスト。それが、凝り固まった思考をほどいてくれる。300年の時を刻んだ松の木の枝が、夜空に黒いシルエットを描いていた。私たちは、言葉を交わすのをやめて、ただお湯の音に耳を澄ませた。不意に、廊下を歩く自分のスリッパが「ペタペタ」と派手な音を立て、静寂を切り裂いた。それに気づいた瞬間、全員で堪えきれずに吹き出した。その不格好な笑い声こそが、この旅の本当のサウンドトラックだったのかもしれない。

道後舘の畳の香りは、どこか懐かしく、それでいて新しい生活への不安を静かに包み込んでくれる。和布団の適度な重みが、身体を地面に繋ぎ止めてくれる安心感があった。私たちは、完璧な旅を計画したわけではない。むしろ、迷子になったり、時間を間違えたりすることさえ、この場所では許される気がした。


湯船の縁に、一枚の桜の花びらが静かに着地した。
  • ウェルカムドリンクのみかんジュースは、ゆっくりと時間をかけて味わってほしい。
  • 夜が深まる前、まだ少し肌寒い時間帯に庭園露天風呂へ向かうことを勧める。