← 回到 BUNSHODO HOTEL

午前2時のページをめくる音

午前2時のページをめくる音

凍てつく夜、静寂に溶ける二つの記憶

(友人A)
キャリーケースの車輪が、博多の冷たいアスファルトを叩く乾いた音だけが夜の街に響いていた。一月の風は鋭い刃物のようで、コートの隙間から入り込むたびに肩がすくむ。誰がルートを間違えたかで言い合いながら、ようやく辿り着いたBUNSHODO HOTELの入り口。重い扉を開けた瞬間、外の喧騒がふっと消え、代わりに古紙とインクが混ざり合った、少しだけ懐かしい匂いが鼻をくすぐった。天井まで届く本棚に囲まれた空間に足を踏み入れた途端、さっきまでの言い争いが急にくだらなく感じられて、なんだか照れくさくなった。

(友人B)
扉を開けた瞬間、視界が「本」という名の壁に塗りつぶされた。不揃いに並んだ背表紙が、まるで誰かの巨大な記憶の保管庫に迷い込んだかのような錯覚を抱かせる。さっきまで外で「あっちだってこっちだって」と騒いでいた連中が、急に口を閉ざして、借り物の静寂を纏い始めたのが面白かった。誰かが小さく「すごい」と呟いた声が、吸音材のような本棚に吸収されて消えていく。静かにしなきゃいけないという心地よい圧迫感が、かえって私たちの連帯感を強めていた気がする。ここはホテルというより、知的な迷宮だった。

黄金色のキッシュ、交差する味覚と情景

(友人A)
朝食に出たキッシュの、あのバターが溶け出した濃厚な香りが今も忘れられない。フォークを入れた瞬間のサクッとした軽快な手応えと、中から溢れ出す卵の熱い温度。口の中で塩気とコクが混ざり合い、冷え切っていた身体の芯からじわじわと温度が上がっていく感覚に、深い安らぎを覚えた。挽きたてのコーヒーの苦味がそれをちょうどよく引き締めてくれて、眠っていた胃袋がゆっくりと目覚めていく。味覚だけが研ぎ澄まされ、周りの音が遠のいていく。ただただ、この温もりがずっと続けばいいのにと願った。

(友人B)
「で、結局誰が一番最後に起きたの?」という、いつもの低レベルな追求戦。キッシュを頬張りながら、眠そうな目で互いをなじり合う時間が、この旅で一番贅沢だったかもしれない。ラウンジの柔らかな琥珀色の光の中で、誰かが読みかけの本をテーブルに置き、誰かがあくびを噛み殺している。美味しい食事があるのはもちろんだが、それ以上に、この気だるい空気感こそが最高だった。完璧なスケジュールなんてどうでもいい。ただ、こうして一緒にダラダラと時間を浪費していることが、何よりの正解だったと思う。

唯一の合意点、不便さが結んだ絆

結局、この旅で全員が一致して「これは作戦会議が必要だ」と結論づけたのは、共用シャワー室への出撃タイミングだった。LOFT TWIN ROOMに身を寄せ合いながら、個室にシャワーがないという事実に最初は戸惑ったが、結果的にそれがチーム戦のような連帯感を生んだ。誰が先に切り込み、誰が後方支援に回るか。脱衣所で交わされる「次、お願い」という短い合図。不便さを解消しようと必死にスケジュールを組む姿は、まるで秘密結社か何かのようだった。不自由さが、かえって私たちを密接に結びつけていた。

冬の朝、窓から差し込む青白い光が、開いたままの本のページを静かに照らしていた。

  • 博多駅から徒歩五分なので、到着後すぐにチェックインして本の世界に潜り込むのが正解。
  • ラウンジで、あえて誰とも喋らずに別々の本を読む時間は、友人旅に不可欠な余白になる。