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パジャマのままで、もう少しだけここにいたい

パジャマのままで、もう少しだけここにいたい

黄金色の光と、竹の香りに目覚める朝

午前七時。微睡みの中で目覚め、裸足で踏み出した床が、竹材特有のしっとりとした冷たさを足裏に伝えてくる。JR九州ホテル ブラッサム博多中央の廊下は、外の冬の冷気に比べればずっと優しいけれど、その清涼感が心地よく意識を覚醒させてくれる。明るい廊下に差し込む朝陽が、和モダンの空間を黄金色に染め上げ、旅の始まりを静かに祝福しているようだった。朝食会場へ向かう道すがら、次男が「お腹空いた!」と私のコートの裾を強く引っ張り、長女はまだ夢の中にいるかのように、半分目を閉じたままふらふらと歩いている。ブッフェ形式の食事は、子供たちにとって某種の冒険だ。長女は色鮮やかなフルーツだけを皿の上に山のように積み上げ、次男は見たこともない形の和菓子を、まるで未知の生物を観察するように凝視している。私は、淹れたてのコーヒーの深く苦い香りと、誰かが焼いている魚の香ばしい匂いに包まれながら、ようやく「あぁ、私たちは今、旅をしているのだ」という実感を噛み締めた。子供たちがこぼしたパン屑を、スタッフの方が音もなく、けれど迅速に片付けてくれる。その淀みのないリズムが心地よくて、私はゆっくりと卵料理を口に運び、家族の賑やかな笑い声という最高の調味料を味わっていた。

凍てつく風の中で分かち合う、肉まんの温もり

ホテルを後にすると、二月の福岡の空気は予想以上に鋭く、肺の奥まで冷たく澄み渡っていた。舞鶴公園の梅まつりへ向かう道中、長女が「お花がピンク色で可愛い!」とはしゃぎながら駆け出すが、数分後には「やっぱり寒すぎる!」と私のコートの中に潜り込んでくる。そんな矛盾した感情の揺らぎこそが、旅の醍醐味なのかもしれない。道端で見つけた小さな屋台で買った肉まんを、家族四人で分け合った。白い紙に包まれた熱い塊を、冷え切った指先でぎゅっと持つ。一口かじると、濃厚な肉汁の熱さが喉を通り、胃のあたりからじんわりと体温が上昇していくのが分かった。その熱は、単なる温度ではなく、家族で同じものを共有しているという安心感に似ていた。次男が「梅の花って、なんでこんなにいい匂いがするの?」と不思議そうに問いかけ、私は「きっと、春を早く呼びたいからじゃないかな」と、根拠のない答えを返した。正解なんてどうでもいい。ただ、冷たい風に吹かれながら、温かい食べ物を分け合うというシンプルな事実だけが、私たちを一つの強いチームにしてくれる。博多駅まで歩いてすぐの距離にあるこのホテルに、いつでも戻れるという絶対的な安心感が、私たちの歩幅を少しだけ軽く、軽快にしていた。

琥珀色の静寂と、深夜の密やかなプリン

夜、子供たちがようやく静かになった時間。スーペリアツインの部屋の明かりを落とし、間接照明だけにした空間に、今治タオルの清潔で柔らかな香りが漂っている。シモンズ製ベッドに体を預けると、心地よい反発力が、一日中歩き回った足の疲れをゆっくりと吸い上げてくれる。それはまるで、穏やかな海に身を委ねているかのような深い充足感だった。そんなとき、ふと思い立ってコンビニで買い込んだプリンを、夫婦で半分ずつ分けることにした。プラスチックのカップをスプーンで叩く小さな、けれど密やかな音。甘いカスタードが口の中でとろける瞬間、今日一日の「兵慌て」な出来事が、すべて愛おしい記憶へと書き換えられていく。そのとき、隣で寝ぼけた次男が「プリン、食べた?」と小さく呟き、私たちは慌てて口を拭った。そんな小さな嘘さえも、この旅を彩るスパイスになる。竹のフローリングに落ちる柔らかな影、肌に馴染むリネンの質感、そして隣で規則正しく聞こえる子供たちの寝息。何もない、ただ静かな時間。けれど、その空白こそが、大人の私たちにとって一番贅沢な贈り物のように感じられた。私たちは、この心地よい沈み込みの中で、明日もまた、予測不能で愛おしい一日が始まることを静かに待っていた。

頬をなでる冷たい風と、隣で眠る小さな体温に包まれて。

  • 博多駅近くのコンビニで地元の銘菓を買い込み、夜の部屋でゆっくりと味わう時間を。
  • 舞鶴公園の梅を堪能した後は、ホテルに戻って温かいお茶で体を芯から温め直して。