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予報と開花の間にある、名前のない時間

予報と開花の間にある、名前のない時間

「本当に、もう咲いてるのかな」

「本当に、もう咲いてるのかな」
君がスマホの画面を僕に見せて、いたずらっぽく小さく笑う。三月の福岡、外はまだ冬の名残を惜しむ冷たい風が吹き抜けていて、僕たちは反射的にコートの襟を立て直した。
「予報では明日からだって」
「もし咲いてなかったら、どうする?」
「んー、どうしようか。とりあえず、美味しいものでも食べに行こう」
ホテル オリエンタル エクスプレス 福岡天神のロビーに足を踏み入れた瞬間、都会の喧騒がふっと遠のき、洗練された静寂に包まれた。チェックインを待つ間の、あの心地よい空白の時間。僕たちはまだ、お互いの距離感を測っている途中のような、そんな不思議な緊張感の中にいた。

予報と開花の間にある、空白の温度

スタンダードダブルの部屋に入ると、まず目に飛び込んできたのは、柔らかなベージュのトーンでまとめられた現代的な空間だった。裸足で踏みしめたフロアの温度が、ちょうどいいぬるま湯のように心地よく、旅の緊張がゆっくりとほどけていく。140センチ幅のベッドに二人で横になると、肩と肩が触れるか触れないかの、絶妙な距離があった。このわずかな隙間に、僕たちがまだ言葉にしていない感情が、春の霧のように溜まっている気がして、僕はわざと深く息を吐いた。

天神の街を歩いた後の足の疲れが、シーツのさらさらとした清潔な質感に溶けていく。窓の外では、都会の夜が低い唸りを上げ、ネオンが雨上がりの路面を彩っているけれど、この部屋の中だけは、外界から切り離された静謐な繭の中にいるようだった。僕たちが意識しているのは、明日咲くかもしれない桜のことではなく、今この瞬間、隣に誰かがいるという静かな事実だけだった。

翌朝、レストランで出会った土鍋ご飯の香りが、今も鮮やかに記憶に残っている。蓋を開けた瞬間に立ち上がる真っ白な湯気と、お米の甘い匂い。和牛カレーの濃厚なコクが、まだ眠っていた身体をゆっくりと、けれど確実に起こしてくれる。温かい湯気が眼鏡を曇らせ、視界が白くなった瞬間に、君が「ふふっ」と小さく笑った。その鈴のような音が、どんな音楽よりも心地よく耳に届いた。

桜の開花予想と、実際に目の前で花びらが舞うまでの時間。その「ラグ」こそが、旅の醍醐味なのかもしれない。期待と不安が混ざり合った状態で、ただ隣にいること。完璧なタイミングで咲く花よりも、いつ咲くかわからない時間を一緒に待つことの方が、僕たちには合っている気がした。

三月の福岡は、冬の終わりと春の始まりが、重なり合うようにして存在している。それはまるで、僕たちが少しずつ、お互いの人生に溶け込もうとしているプロセスに似ていた。不器用で、もどかしくて、けれど確実に体温が伝わってくる距離。このホテルで過ごした時間は、答えを出すための時間ではなく、問いを抱えたまま心地よく眠るための時間だったのかもしれない。

朝の光が、白いカーテンを透かして、君のまつ毛を静かに照らしていた。

  • 桜が咲いていなくても、美味しいものを食べて笑い合えば、それで十分だね。
  • 次は、花びらが舞う頃にまた一緒にここへ来られたらいいな。