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読みかけの本と、少しだけ冷たい指先

読みかけの本と、少しだけ冷たい指先

10月の福岡。渡辺通駅からホテルへ向かう短い道のり、足裏に伝わるアスファルトの硬い感触と、頬を撫でる少し湿った秋の風。誰が一番に到着するかというくだらない賭けをしていたけれど、結局は全員で迷子になり、肩を寄せ合って笑いながらロビーに滑り込んだ。足を踏み出した瞬間、大理石の床からじわっと伝わる冷たさが心地よく、旅の始まりを告げる心地いい緊張感に包まれた。



もつ鍋から立ち昇る、真っ白で濃密な湯気。眼鏡が瞬時に真っ白に曇り、隣に座る友人の顔が見えなくなったけれど、弾けるような笑い声だけは驚くほど鮮明に耳に届いた。口いっぱいに広がる濃厚な脂の甘みと、ニラとキャベツの力強い香り。計画していた気取った店よりも、こういう「正解」のない、胃袋に直接訴えかける食事が一番心に染みるものだ。


「完璧なスケジュール表」を誇らしげに掲げていた友人が、地図を180度逆さまに持っていた時の、あの奇妙な静寂。誰かが「まあ、いいじゃん」と小さく呟いた瞬間、ピンと張り詰めていた空気がふっと緩んだ。「正解」を探すのをやめて、ただ風の向くままに歩く。そう決めた途端に、街の色彩が今までよりもずっと鮮やかに、呼吸するように見え始めた気がした。


ポムポムプリンルームに足を踏み入れた瞬間、視界を埋め尽くした圧倒的な黄色。大の大人が黄色い空間に囲まれて、お互いの顔を見合わせて絶句する。けれど、そのあまりのシュールさが快感に変わり、気づけばみんなでベッドの上を転げ回って笑っていた。高級感という言葉では到底説明できない、贅沢な「くだらなさ」に包まれる感覚。大人の遊び方とは、きっとこういうことなのだ。


午後3時。窓から差し込む柔らかな光が、読みかけの本のページをゆっくりと、黄金色に照らしていく。外では紅葉が静かに、けれど確実に始まっているけれど、ここには都会の喧騒を巧みに遮断した、心地よい空白があった。遠くで聞こえる車の走行音さえも、遠い記憶のような心地よいBGMに聞こえる。一人で静かに本をめくる時間があるからこそ、またみんなで騒げるのだ。


ホテルニューオータニ博多のベッドに深く潜り込んだ時の、あのすべてを包み込まれるような安心感。リネンの張り詰めた冷たさが、次第に体温でじんわりと温まっていく。深夜3時、ふと目が覚めてトイレまで歩く時の、静まり返った絨毯の柔らかな感触と、裸足で触れたタイルのひんやりした温度。リファのバスアメニティの洗練された香りが指先に残り、心地よい疲労感が波のように押し寄せてきた。


秋祭りの喧騒の中、誰かが買った真っ赤なりんご飴が、不意に服にこぼれた。慌てて拭き取る様子が滑稽で、またみんなで大笑いした。鮮やかに色づいた紅葉の赤と、屋台から漂う香ばしい醤油の香り。予定になかった寄り道や、ちょっとした失敗が、結局はこの旅で一番の記憶になる。そんな不確実さこそが、旅の醍醐味なのだろう。


チェックアウトの朝、鏡に映る自分たちの表情が、来た時よりも少しだけ緩んでいることに気づいた。何か大きなことを達成したわけではないけれど、ただ一緒に迷い、一緒に笑い転げた。正解のない時間を共有したことで、僕たちの関係というキャンバスに、新しい色の層が重なったような気がする。

重くなったスーツケースのキャスターが、静かに床を転がる音。

  • 渡辺通駅からホテルまで、あえて地図を閉じ、直感だけで歩いてみて。
  • ポムポムプリンルームに泊まるなら、全力で「子供」に戻る準備を忘れずに。