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濡れた足跡が、白いタイルに消えていくまで

5年後の私たちへ。今、窓の外を流れているのは、少しだけ冷たいけれど、どこか期待を孕んだ4月の風。この風の温度と、隣で誰かが盛大に欠伸をしている音を、今のうちに書き留めておこうと思う。

5年後も指先に触れられる、記憶の断片たち

博多駅からホテルまで、ちょうど7分間のリズム。
キャリーケースの車輪がアスファルトを叩く、あの不規則で騒がしい音が心地よかった。誰が一番早く着くかという、大して意味のない賭けをしながら、春の湿った空気を吸い込んで歩いた三井ガーデンホテル福岡祇園への道のり。「急がなきゃ」と言いながら、わざとゆっくり歩く。あの時の私たちの会話は、表面張力で繋がった水滴みたいに、弾けそうでありながら絶妙なバランスで続いていた。

「天空の湯」で、輪郭が溶けていった時間。
お湯に身を沈めた瞬間、身体の境界線が曖昧になって、自分がただの一滴のインクのように、温かい液体の中に溶け出していく感覚があった。露天風呂で、夜風が頬を撫でる冷たさと、身体を包む熱のコントラストに酔いしれる。「誰が一番先にのぼせて意識を飛ばすか」なんて最低な賭けをしていたっけ。湯気の中に消えていく笑い声と、肌に張り付くしっとりとした湿度。あの静寂は、都会の喧騒という濁流から、ふっと切り離された真空地帯のようだった。

万庭の朝食ビュッフェで起きた、小さな事件。
九州の食材が色鮮やかに並ぶテーブルの前で、誰が一番「地元の人っぽく」皿を盛り付けられるかという、くだらない競い合い。口の中でほどける和牛の脂の甘さと、炊きたてのご飯から立ち上る真っ白な湯気の温度。結果的に、一番盛り付けにこだわっていたやつが、一番早くお腹いっぱいになって途中で諦めたという、最高に笑える結末。あの時の、醤油と出汁が混ざり合った香ばしい香りは、きっと記憶の底に沈殿して残っているはずだ。

ツインベッドの間に流れていた、心地よい距離感。
裸足で踏んだタイルの、ひんやりとした温度。二つのベッドの間にあった、ちょうど腕を伸ばせば届くけれど、あえて伸ばさないくらいの空白。深夜までとりとめもない言い合いをしながら、結局は同じタイミングで深い眠りに落ちたあの夜。部屋の隅で静かに回っていた空調の低いハム音と、時折遠くから聞こえる車の走行音。あの空白こそが、私たちの友情という名の、緩やかな潮流だったのかもしれない。

5年後の封印を解いたとき

おそらく、どの観光地で何を撮ったかという正確な記録は、水に流れるように消えてしまうだろう。でも、三井ガーデンホテル福岡祇園の白いリネンに顔を埋めたときの、あの清潔な石鹸のような香りと、お風呂上がりに飲んだ水の、喉を焼くような冷たさだけは、鮮明に思い出せる気がする。私たちは、お互いの欠点を笑い飛ばしながら、同時にそれを心地よく感じていた。それは激流ではなく、静かに、けれど確実に方向を変えていく地下水のような関係。5年後の私たちは、今のこの「くだらなさ」を、どんな顔で思い出すのだろう。きっと、少しだけ懐かしくて、胸の奥がじんわりと温かくなる。そんな、ちょうどいい温度の記憶として、ここに置いておく。

脱ぎ捨てたルームウェアの上に、春の光が静かに降り積もっていた。

  • 博多駅からの7分間を、あえて地図を見ずに歩いてみて。街の呼吸が聞こえるはず。
  • 「天空の湯」に浸かった後、あえて何も考えずに10分間だけぼーっとすること。