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湯気の中で、肩と肩の距離を測っていた

湯気の中で、肩と肩の距離を測っていた

指先に触れるカードキーの冷たさと、ロビーの絨毯が足音を静かに飲み込んでいく感覚。博多駅からのわずか1分の道のりで、10月の少し湿った風が頬を撫でていったけれど、都ホテル博多の扉を開けた瞬間、外の喧騒が遠い記憶のように切り離された気がする。部屋に入ってまず、壁一面のフルハイトウインドウから差し込む光に目を奪われた。天井まで届くガラスの向こうに広がる街の景色は、どこか現実味がないくらいに澄んでいて、ふたりで並んで立つと、ちょうどいい距離感に心地よい沈黙が流れる。「ここ、本当に博多の真ん中なんだね」と、彼が小さく呟いた。その声が、静まり返った部屋に心地よく溶け込んでいく。30平米という空間は、一人でいれば十分すぎるけれど、二人でいると、お互いの呼吸が聞こえるくらいの絶妙な密度になる。もしかしたら、私たちはまだ、お互いの心地よい距離を測りかねているのかもしれない。そんな不確かさを抱えたまま、屋上のスパへ向かった。8メートルの高さから流れ落ちる滝の音が、空気に心地よい振動を与えている。外気はひんやりとしているのに、温泉に身を沈めた瞬間、肌にまとわりつくお湯の重みが、凝り固まっていた何かをゆっくりと解いていく。水温が体温に近づいていく過程は、誰かと心を寄せていく速度に似ている気がした。バスタブと洗い場が独立している贅沢な造りの浴室で、ゆっくりと時間をかけて身体を洗う。水滴が肌を滑り落ちる感覚さえも、今の私たちには贅沢な時間だった。ミニプールに入ろうとしたとき、同時に一歩を踏み出して肩がぶつかり、どちらが先に譲るかで小さく言い争いながら笑い合った。あんなに緊張していたはずなのに、お湯の温もりのせいか、それとも夜景のせいか、ふとした瞬間に素直な言葉がこぼれ落ちる。このホテルは、まるで都会の喧騒に浮かぶ透明な繭のようだ。外側の激しい流れから切り離され、ただ二人だけの呼吸を整えるための聖域。13階のル シエル ブルーで味わった朝食の、素材の味がはっきりとした一皿が、まだ舌の記憶に残っている。淹れたてのコーヒーの香ばしい香りが鼻腔をくすぐり、朝の光がテーブルに白いレースのような影を落とす。口の中で広がる旬の食材の鮮やかな色彩が、眠い目を覚ましてくれる。お風呂上がりに、もこもことした白いバスローブに身を包んで、またあの大きな窓の前に立った。夜の博多の街は、誰かがこぼした宝石箱のように光り輝いていて、その光のひとつひとつに誰かの生活があることを思う。ベッドに横たわると、リネンのパリッとした清潔な感触が肌に心地よく、隣にいる人の体温がじんわりと伝わってくる。私たちはきっと、これからも正解のない問いを抱えて歩いていくけれど、この場所で共有した「ちょうどいい温度」だけは、ずっと忘れないでいたいと思う。明日、チェックアウトしてまたあの駅の喧騒に戻るまで、もう少しだけ、この静かなリズムに身を任せていたい。窓の外で揺れる秋の夜風が、カーテンを小さく揺らしている。その音が、今の私たちには一番心地よい音楽に聞こえたのかもしれない。---

  • 屋上スパで、あえて何も話さずに滝の音だけを聴く時間を10分だけ作ってみること

  • 13階のレストランで、窓の外の景色が一番綺麗に見える席を、少しだけ贅沢に予約すること