もし、まだ予約ボタンを押すのを迷っているなら。五月の午後の、少しだけ湿った風が吹く時間に、この手紙を読んでほしい。私たちはいつも、正解を探しすぎて疲れてしまうけれど、たまには答えのない場所へ行ってもいいのかもしれない。そんな静かな逃避行を、あなたに提案させてください。
新緑のカーテンと、不器用な二人の距離
TAOYA下呂のロビーに足を踏み入れた瞬間、肌を撫でる空調の心地よい冷気と、どこからか漂うほうじ茶の香ばしい香りが混ざり合い、旅の緊張をゆっくりと解いてくれた。五月の岐阜は、外に出れば藤の花が紫色のカーテンのように降り注ぎ、その濃密な色彩に、なんだか胸の奥がぎゅっと締め付けられる。もしかすると、私たちはその鮮やかさに、自分たちが持っていない何かを投影していたのかもしれない。
私たちはあえて予定を決めず、オールインクルーシブの贅沢に身を任せた。ラウンジで冷えた生ビールを指先で転がし、氷がカランと鳴る乾いた音に耳を澄ませる。その音が、私たちの間の気まずい沈黙を心地よいリズムに変えてくれた。「いい音だね」と誰が先に言ったのか、小さく笑い合った。沈黙は空白ではなく、むしろ心地よい質感を持った、一つの共有物のように感じられた。
お部屋のベッドに体を沈めると、パリッとしたリネンの清潔な感触が肌に心地よく、同時に、隣にいるあなたの体温がゆっくりと伝わってくる。広い空間に、私たちの呼吸だけが静かに響いている。ふと、窓から差し込む五月の光が、フローリングの端を白く照らしているのが見えた。その光の境界線を眺めていると、自分たちの距離感も、ちょうどそのくらいでいいのかもしれないと思った。
あ、そういえば。浴衣に着替えたときのこと。洗練された旅人っぽく振る舞いたかったけれど、帯の結び方が甘かったのか、廊下で派手に足をもつれさせて、スタッフの方の前で盛大につまずいた。あなたはそれを横で見て、堪えきれない様子で小さく笑っていた。そのとき、完璧でいなきゃいけないという強迫観念が、ふっと消えた。かっこ悪い自分を、そのまま隣に置いておける。そういう絶対的な安心感こそが、この旅で一番欲しかったものだったのかもしれない。
湯煙に溶かした、名前のない感情
温泉に浸かると、特有の硫黄の香りが鼻をくすぐり、とろりとしたお湯が肌に吸い付く。ちょうどいい温度が肩の力をふっと抜き、心まで緩めてくれる。指先が触れそうで触れない距離で、私たちはとりとめもない話をしていた。普段なら「どうしたいか」とか「これからどうなるか」という結論を急いでしまうけれど、ここでは、ただお湯が肌を撫でる感覚だけに集中していられた。お湯のぬるさが、心の角をゆっくりと削ってくれるような気がした。
お風呂上がりの肌が少しだけぬるぬるとしていて、それがなんだか不思議な感覚だった。私たちはそのままレストランへ向かった。飛騨牛が焼けるジューという心地よいリズムが耳に届き、口に入れた瞬間に濃厚な脂がとろりと溶けていく。その甘みが、冷えていた体の中をゆっくりと満たしていく。美味しいものを食べているときだけは、私たちは同じリズムで笑い合える。言葉を尽くして説明しなくても、「美味しいね」という短い言葉だけで、十分に繋がっていると感じられた。
深夜、再びラウンジに戻ったとき、照明はさらに落とされ、空間は深い静寂に包まれていた。マッサージチェアに身を委ね、心地よい振動に身を任せながら、地酒を一口飲んだ。その少しピリッとした刺激に顔を見合わせたとき、私たちは、まだお互いの歩幅を合わせる方法を完全に分かっていないのかもしれないと感じた。けれど、この温かい温度に身を任せている間だけは、その不確かさが心地よかった。正解を出すことよりも、不確かさの中で一緒に揺れていることの方が、ずっと誠実な気がする。
もしかしたら、私たちはこの旅が終わっても、また迷い続けるのかもしれない。けれど、TAOYA下呂で過ごしたあの静かな時間と、肌に残ったお湯の温もりがあれば、もう少しだけ、不器用なままでもいいと思える。誰にも邪魔されない空間で、ただ隣にいることの贅沢を、私たちは静かに分かち合っていた。
濡れた髪から、五月の雨の匂いがした午後。
- 藤の花が最も色濃くなる時間帯に、あてもなく街を歩いてみること。
- 夜のラウンジで、あえて言葉を捨てて、同じ方向の景色を眺めること。