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肩が触れる距離で、春の匂いを探していた

肩が触れる距離で、春の匂いを探していた

午前11時、バスの窓ガラスに額を押し当てて

下呂駅に降り立ったとき、空気はまだ冬の鋭い端切れを孕んでいた。無料送迎バスの深いシートに身を沈めると、私たちはどちらからともなく、心地よい沈黙に逃げ込んだ。バスが急な坂道を登り始め、車体がわずかに傾いた瞬間、隣に座る君の肩が私の肩にふわりと重なる。その微かな圧力に、心臓が不規則なリズムを刻み始めた。私たちはまだ、お互いの正しい距離感という正解を探している最中なのだろう。窓の外では、淡いピンク色の桜が春風に煽られ、街の輪郭を曖昧にぼかしていた。まるで誰かが大きな消しゴムで、現実の境界線を丁寧に消し去っているかのような、淡い夢の中を走っている気分だった。

下呂温泉 ホテルくさかべ アルメリアに足を踏み入れた瞬間、鼻腔をくすぐったのは、どこか懐かしいお香のような静謐な香りと、足裏に吸い付く絨毯の柔らかな感触だった。案内されたアジアンリゾートタイプのお部屋は、日常の喧騒を遮断する落ち着いた琥珀色のトーンに包まれている。テーブルに置かれたお茶の湯気が、ゆっくりと螺旋を描いて消えていくのを、私たちはただ静かに眺めていた。君が「ここ、いいところだね」と小さく呟いた。その声の温度が、冷えていた指先にじわりと伝わってくる。完璧な計画なんてなくていい。ただ、この心地よい静寂の中に、二人で溶け込んでいければいい。部屋の隅にあるアバカソファのざらりとした質感に指を這わせながら、私はこの空白の時間をどう埋めるべきか、あるいは埋めないままでいいのかを、静かに自問していた。外から差し込む春の光が、部屋の隅々にまで柔らかく浸透し、私たちの間のぎこちなさを、ゆっくりと解きほぐしていくようだった。

午前1時、檜の香りと滑らかな夜に

8階にある「花見月の湯」へと向かうエレベーターの中で、私たちはわざと視線を逸らしていた。けれど、露天風呂に身を浸した瞬間、そんなぎこちなさは温かい湯気の中に吸い込まれて消えた。総檜造りの浴槽から立ち上がる、深く、清潔な木の香り。それが肺の奥まで満たされると、強張っていた肩の力がふっと抜けていく。下呂の湯は驚くほど滑らかで、まるで液体になった真珠に包まれているかのようだった。指先で水面をなぞると、その感触は皮膚の境界線を曖昧にし、私と君の間にあった見えない壁さえも、ゆっくりと溶かし出していく。私たちは、お湯という媒介を通じて、ようやく同じリズムで呼吸を始めたのかもしれない。

目の前には、宝石を散りばめたように光る下呂温泉街の夜景が広がっていた。遠くの街灯が水面に反射して小さく揺れている。私たちは、どちらが先に口を開くか、静かな競争をしていた。言葉にならなかったのは、この完璧な調和を壊したくなかったからだろう。ふと、脱衣所にあった酒粕パックを二人で試してみることにした。鏡に映った、顔に白い泥を塗りたくったお互いの姿。あまりにも滑稽で、どちらからともなく吹き出した。君が笑うと、目尻に小さな皺が寄る。その飾らない一瞬の表情に、私はどうしようもなく安心した。完璧に振る舞うことよりも、こういう格好悪さを共有できることの方が、ずっと贅沢で、ずっと大切なことなのだと気づかされた。

湯上がりサロンで冷たい飲み物を飲みながら、もう一度夜の街を眺めた。冷たい空気が肌を締め付け、それによって内側から溢れる熱がより鮮明に感じられる。この心地よい温度差こそが、私たちが今ここにいるという証明のように思えた。誰かに決められた正解を追いかけるのではなく、ただ、隣にいる人の呼吸の速さに自分のリズムを合わせていく。そんな、不確かで、けれど至福の時間が、ここには流れていた。

濡れた髪から、かすかに檜の香りがした。