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湯気に溶けた、くだらない言い争いの温度

湯気に溶けた、くだらない言い争いの温度

寒さに負けた敗者の叫び

「ねえ、駅からの15分、誰が一番先に『寒い』って言うか賭けない?」
「そういう子供みたいな賭けに、誰が乗ると思ってんのよ」
「あはは!見て、もう口から白い息が猛烈に出てるじゃん。はい、私の勝ちー!」
「ちょっと待って!今のカウントしちゃダメだってば!」
互いの情けない格好を指差して笑い合う。頬を刺すような鋭い冷気さえ、今の私たちには最高のスパイスだった。

溶岩の温もりと、静寂に溶ける時間

下呂温泉 懐石宿 水鳳園の扉を開けた瞬間、外の刺すような冷気がふっと消え、じんわりとした床暖房の熱が足裏から伝わってきた。それは、誰かにそっと手を握られたときのような、控えめながら確かな温度だった。私たちが身を寄せた露天風呂付客室には、地元のお米の藁を塗り込んだ壁があり、指先で触れると乾いた土のような懐かしい匂いが鼻をくすぐる。柔らかな琥珀色の照明が畳の目に深い陰影を落とし、身に纏った浴衣のパリッとした綿の感触が、心地よい緊張感と解放感を同時に運んでくれた。窓の外に目を向ければ、下呂富士の雄大なシルエットが夜の帳に溶け込み、この地の悠久の時間を物語っていた。

特に心惹かれたのは、御嶽山の溶岩石が配された空間だ。無骨でざらりとしたその石は、一見拒絶しているようにも見えるが、一度お湯に浸かれば、じっくりと蓄えた熱を絶え間なく放っていた。私たちの関係も、きっとこの石に似ている。洗練されてはいないし、ぶつかり合えば少し痛いけれど、根底には消えない熱を持っている。その不器用な温もりに身を任せていると、張り詰めていた心の糸がゆっくりと緩んでいくのが分かった。

さらに、飛騨牛茶寮 神月で味わったステーキの、暴力的なまでに芳醇な香りが記憶に刻まれている。溶岩盤の上で弾ける脂の音は、どんな音楽よりも食欲を刺激し、口の中でほどける濃厚な旨味が、心の中の空白まで温かい幸福感で埋めてくれた。手入れの行き届いた庭園の静寂と、口の中で弾ける贅沢な味わいのコントラストが、旅の充足感をいっそう深いものにしていた。

湯気に隠した、本当の言葉

「……まあ、今回の旅、誰一人として予定通りに動かなかったけど」
「いいじゃん。結果的に、ここに辿り着けたんだし」
露天風呂の白い湯気に包まれ、私たちは声を潜めていた。昼間の喧騒が嘘のように、夜の静寂が互いの輪郭をはっきりとさせていく。肌をなでる夜風は冷たいが、肩まで浸かったお湯の温度が心地よく、思考まで柔らかく溶け出していく。湯船の底に沈む石の感触を足先で確かめると、その硬い感触がかえって、今の自分たちがここに確かに存在しているという安心感を与えてくれた。

「正直、最近疲れてたのかも。でも、こうやってくだらないことで言い争いながら、同じ温度のお湯に浸かってるだけで、なんか、大丈夫そうな気がする」
「わかる。私たち、意外と似たような不器用さを持ってるよね」
答えを出す必要はない。ただ、隣に誰かがいて、同じ温度の空気を吸っている。その事実だけで十分だった。不確かで不安定な日常に戻る前に、この溶岩石のような、鈍くて強い温もりを身体に深く刻み込んでおきたかった。

冷たい夜風に混じって、白い湯気がゆっくりと、冬の星空へ溶けていった。

  • 飛騨牛茶寮 神月で、目の前で焼き上げるステーキの音と芳醇な香りを堪能してほしい。
  • 冬の夜、露天風呂から静かな庭園を眺め、あえて言葉を交わさない贅沢な時間を。