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湯気に溶けた、小さな言い争い

湯気に溶けた、小さな言い争い

冬の静寂に溶け込む、家族の記憶を刻む五つの音

重厚な木製ドアが「カチリ」と閉まる音。私と、まだ眠そうな上の子と、不機嫌そうな下の子。鼻先を刺す冬の冷気が、下呂温泉山形屋のロビーに足を踏み入れた瞬間、ふわりと漂うお香の香りと心地よい温もりに塗り替えられた。その閉扉の音は、外の喧騒と、この宿という静かな聖域を分かつ境界線のように聞こえた。「ここからは、誰の期待に応える必要もない時間なのだ」という、心への静かな合図だったのかもしれない。

天然温泉・展望半露天付客室 角部屋「有明」の湯船で、下の子が上げた高い笑い声と、激しく跳ねる水しぶきの音。冬の澄んだ冷気の中で、名湯の熱い湯がとろりとした質感で肌にまとわりつく。水面に張っていた表面張力が、子供の無邪気な飛び込みで一気に弾けた。その瞬間、私たちが無意識に抱えていた「いい親でいなきゃ」という見えない緊張も、白い湯気と一緒に空へ溶けて消えていった気がした。

濡れたタオルの心地よい重みを頭に乗せ、夫が漏らした深く長い溜息の音。それは疲労というより、ようやく自分という個に戻れたことへの安堵に近い響きだった。父親という役割の鎧を脱ぎ捨てて、ただの一人の人間としてお湯に浸かる。静まり返った空間に響くその呼吸が、隣にいる私にまで伝わってきて、不思議と胸の奥が温かくなった。

会席料理の漆器に、箸が「カチャカチャ」とぶつかり合う音。最高級の飛騨牛の芳醇な香りが立ち込める中、上の子が「僕の方がたくさん歩いたから」と言い張り、下の子がそれに食ってかかる。小さな争いだけれど、その騒がしさは、家族というひとつの大きな流れが、心地よく渦巻いている証拠のように聞こえた。旬の食材が彩る食卓は、賑やかな笑い声で満たされていた。

レトロモダンなラウンジの窓の外、飛騨川にかかる鉄橋を電車が渡っていく、遠い地鳴りのような音。大きなガラス窓から、冬の山々と深い青色に染まった川を眺めながら、私たちはしばらく黙っていた。世界は絶えず流れているけれど、今この瞬間だけは、ここに錨を下ろしていいのだという、不思議な肯定感に包まれていた。

夜の静寂に、白い湯気だけがゆっくりと空へ昇っていく。

  • 宿から少し歩いて、足湯の里「ゆあみ屋」へ。冷えた指先がじわりと温まる感覚を、子供と一緒に楽しんでほしい。
  • 「GEROGEROみるくスタンド」で、濃厚なミルクを。冷たい冬の朝に、甘い温もりが体に染み渡る瞬間を。