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濡れたサンダルと、誰のせいか分からない笑い声

濡れたサンダルと、誰のせいか分からない笑い声

誰が一番に迷うかという、不毛で贅沢な賭けから

ホームに降り立った瞬間、肺の奥まで流れ込んできたのは、しっとりと湿り気を帯びた、どこか重たい空気だった。九月の下呂は、まだ夏を諦めきれない熱を孕んでおり、肌にまとわりつくような湿度がある。スーツケースのキャスターがアスファルトを叩く、不規則で騒がしいスタッカート。それが駅の改札口に反響し、旅の始まりを告げる合図のように響き渡っていた。私たちは、誰が一番先に道を間違えるかという、どうでもいい賭けをしていた。「大丈夫、完璧にルートを把握してるから」とリーダーを自称してスマホの画面を凝視している友人の、少しだけ強張った指先。その自信満々な歩き方が、かえって心地よい不安を誘う。期待感というものは、胸の奥で低周波のハミングのように鳴り響き、心地よく心を揺さぶっていた。結局、駅を出て五分もしないうちに、私たちは地図にない細い路地へと迷い込んでいた。誰かが「こっちじゃない」と小さく呟いたけれど、誰も足を止めなかった。ただ、その状況が可笑しくて、私たちは同時に吹き出した。正解に向かって最短距離を突き進むことよりも、あえて迷い込むことの方が、この旅の緩やかなテンポには合っている気がした。

飛騨川のせせらぎと、銀色の揺らぎに身を任せて

正しい道に戻ったはずの私たちは、気づけば飛騨川のほとりをゆっくりと歩いていた。足元からは、雨上がりの濡れた土と、青々とした草の匂いが濃密に立ち上がってくる。川の流れは、どこか急いでいるようでいて、同時に深い静寂を湛えていた。川沿いに広がるススキが、秋の訪れを告げる銀色の波のように、風に吹かれてさらさらと揺れている。その光景を眺めていると、心地よい疲労感が、肩からゆっくりと指先へと溶け出していく感覚があった。ふと、路地の角にある小さな店で、地元の人が売っている名もなき果実が目に留まった。それを買い込もうとする友人を、「荷物が増えるからやめて」と笑いながら制止する。けれど、結局は一人分だけ買い、それを三人で分け合った。口の中に広がる、鮮烈な酸味と、それに続く濃厚な甘み。それが、この街の今の温度と季節を、ダイレクトに教えてくれた。目的地まであと少し。歩く速度が自然と緩やかになり、会話の隙間に、川のせせらぎが心地よく入り込んでくる。私たちは、効率的に移動することに飽き飽きしていた。ただ、風に吹かれ、意味のない方向に視線を投げ、季節が移り変わる微かな音に耳を澄ませる。そんな贅沢な空白が、今の私たちには何よりも必要だったのかもしれない。

スペインのタイルと、pH8.9の絹のような滑らかさ

下呂温泉望川館 / BOSENKANの扉を開けたとき、まず目に飛び込んできたのは、ロビーに広がる鮮やかなタイルの海だった。先々代がスペインから運んできたというそのタイルは、現代の建築にはない、どこか不器用で贅沢な趣を湛えている。靴を脱ぎ、裸足で踏むと、ひんやりとした硬い感触が足裏から脳まで突き抜けた。その冷たさが、歩き疲れた足の熱を心地よく吸い取っていく。正面の大きな窓の向こうには、千百坪という途方もない広さを誇る日本庭園が静かに広がっていた。その圧倒的なスケール感に、私たちは一瞬、言葉を失い、ただただ緑の深さに飲み込まれた。誰が最初に部屋の特等席を陣取るかという、静かだけれど激しい競争が始まる。露天風呂付客室 川の寮四季彩の畳にダイブし、そのまま天井を見上げて、私たちは同時に深い溜息をついた。旅のハイライトは、やはりお風呂だ。pH8.9という、弱アルカリ性の心地よいお湯。肌に触れた瞬間、それは水というよりも、薄い絹の膜で全身を包み込まれたような感覚だった。刺激が少なく、驚くほどマイルド。湯船に浸かりながら、夜の闇に浮かび上がる庭園のライトアップを眺める。木々の輪郭がぼんやりと滲み、現実感が少しずつ削ぎ落とされていく。夕食に現れた飛騨牛の香ばしさと、朴葉味噌の濃厚な香りが鼻腔をくすぐる。それを囲んで、私たちは今日迷い込んだ路地の話を、何度も、何度も繰り返した。誰が一番の間違いを犯したか。誰が一番いい顔で迷っていたか。そんなくだらない会話が、お湯の温度と同じくらい、ちょうどよかった。

窓の外で、夜風に揺れるススキが、静かに私たちに手を振っていた。

  • 千百坪の広大な日本庭園を散歩した後は、ロビーのソファでぼーっと景色を眺める時間を。
  • pH8.9の美肌の湯に浸かった後は、冷たい地酒で喉を潤すのが正解だと思う。