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畳の上で、誰かが小さく笑った音

湯気に溶ける、家族の賑やかな朝

炊きたての米が放つ、甘くて白い湯気が、朝の光に溶けてゆく。木曽屋 / Kisoya の朝食会場は、心地よい喧騒に包まれていた。子供たちが箸を器に当てるカチカチという軽快な音、誰かがこぼした味噌汁を慌てて拭き取る布の擦れる音。大人たちは、深く焙煎されたコーヒーの心地よい苦味でゆっくりと意識を覚醒させようとするけれど、目の前では「どっちが先に全部食べられるか」という、子供たちなりの至極真面目な競争が始まっている。「僕の方が絶対速いよ!」という弾んだ声が、会場の空気をさらに明るく塗り替えていく。

焼き魚の香ばしい匂いが鼻をくすぐり、子供たちの小さな口が忙しなく動く。私は、彼らが食事をしながら交わす断片的な会話に、静かに耳を傾けていた。昨夜に見たおもちゃの話、温泉の中で見つけた不思議な形の石の話。それは脈絡のない情報の集まりだけれど、不思議と胸の奥を温めてくれる。家族で食卓を囲むということは、お互いの体温を確かめ合う作業に似ている。誰かがふふっと笑えば、それが波紋のように伝染して、気づけば全員が同じリズムで笑っている。そんな、なんてことないけれど、人生の記憶の隅にずっと大切に置いておきたい、黄金色の時間だった。

凛とした冬の街と、頬張った幸福の味

外に出ると、11月の下呂は空気がピンと張り詰め、肺の奥まで洗われるような冷たさだった。合掌村へ向かう道すがら、子供たちは「あっちに行きたい!」「あれは何?」と、好奇心の赴くままに不規則な方向へ歩き出す。大人は効率的なルートを地図で確認しようとするけれど、結局は子供たちの不揃いな足取りに合わせることになる。道端で買った地元のお菓子や、湯気を立てる食べ歩きグルメ。口いっぱいに頬張った飛騨牛の濃厚な旨味が、冷え切った体にじわりと染み渡り、芯から解きほぐされていく感覚に包まれた。指先に付いたソースを、子供が気にせずぺろりと舐める無邪気な様子を見て、私の心からもふっと肩の力が抜けた。

完璧なスケジュールなんて、最初から必要なかったのかもしれない。下の子が忽然道端の小さな石に夢中になり、上の子が「早く行こうよ」と急かす。その間に挟まれて歩く時間は、まるでバラバラのピースを無理やり組み合わせて一つの絵を作るパズルのようだ。けれど、その歪な形こそが、私たちの家族の本当の輪郭なのだと思う。冷たい風に吹かれながら、温かい食べ物を分け合う。その単純な行為が、どれほど心を充足させるか。街のイルミネーションが宝石のように灯り始める頃、私たちは心地よい疲労感と、言葉にできない充足感に包まれていた。

静寂に包まれて、分かち合う密やかな甘味

温泉から上がり、さらりとした浴衣に袖を通すと、布地の柔らかな感触が心地よく肌に馴染む。木曽屋 / Kisoya の部屋に足を踏み入れると、い草の香りが静かに漂い、歩くたびに足裏に伝わる畳の弾力が心を落ち着かせてくれた。子供たちはキッズルームの木製おもちゃに夢中になり、その後は小さな卓球台でピンポン玉を飛ばし合わせていた。ポコン、ポコンという乾いた音が廊下に響き、それが次第に遠のいていく。ようやく訪れた、夜の深い静寂。

子供たちが深い眠りに落ちた後、私たちは売店で買った小さなお菓子を、そっと広げた。急須から注いだお茶の温かさと、控えめな和菓子の甘さ。昼間の喧騒が嘘のように静まり返った空間で、私たちはほとんど言葉を交わさなかった。ただ、隣に誰かがいるという確かな気配だけを感じていた。三間つづきのお部屋という贅沢な空間は、家族それぞれの心地よい距離感を保ちながら、同時に強く繋がっているという安心感をくれる。布団に入ったとき、子供の小さな寝息が聞こえ、その穏やかなリズムに合わせて自分の呼吸を整える。欠けているところがあるからこそ、誰かがそれを埋められる。そんな温かな確信に満たされた夜だった。

畳の上に転がった、一枚の小さなもみじの葉をそっと指で触れた。

  • 下呂温泉の街を散策した後は、地元で人気の飛騨牛コロッケをぜひ家族でシェアして味わってください。
  • 木曽屋 / Kisoya のキッズルームにある木製おもちゃは、大人が触っても懐かしく温かい感触がします。