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川の音が、少しだけ遅れて届いた午後

川の音が、少しだけ遅れて届いた午後

5年後の私たちへ。GWの喧騒を抜け出し、下呂の街に迷い込んだあの日のことを覚えているかな。あの時、私たちは何を信じて、誰を笑い飛ばしていたんだろう。記憶の底に沈んだあの心地よい時間を、もう一度だけ掬い上げてみたい。

5年後もきっと、笑いながら思い出すこと

壁画のシェフと交わした、不格好な乾杯
ロビーに漂う静かな空気の中、冷たい壁の質感と、そこに描かれたドイツ人シェフのユーモラスな表情が目に飛び込んできた。誰が一番いい角度で乾杯できるか競い合い、結果的に全員が奇妙なポーズになったあの瞬間、誰かが堪えきれず吹き出した笑い声が心地よく響いた。あの不格好な写真は、今もフォルダの隅で、根拠のない高揚感を静かに湛えているはずだ。

スペアリブの野蛮な香りと、指先に伝わる冷気
焼きたての肉が放つ、食欲を激しく突き動かす香ばしい匂い。飛騨牛という正解をあえて外し、スペアリブを選んだ私たちの「正解なんてどうでもいい」という旅のムードが、冷えたビールの結露でじわりと濡れる指先にまで浸透していた。口の中でほどける肉の熱さと、喉を駆け抜けるビールの鋭い冷たさ。あの鮮やかな温度差こそが、何をやっても許されるような全能感の正体だった。

純生貸切温泉の白い湯気と、心地よい言い訳
視界を白く染める濃い湯気と、肌にまとわりつくアルカリ性の滑らかなぬるま湯。水面に浮かぶ小さな気泡が、私たちのとりとめもない会話をゆっくりと飲み込んでいく。誰かが人生の悩みのような重い話を切り出したけれど、結局は「明日の朝ごはんにジャーマンポテトが出る」という結論で完結した。深い海に潜ろうとして、浅瀬で心地よく着地したあの絶妙な空気感。本音をさらけ出すよりも、適当な嘘で笑い合える関係こそが、最高の贅沢なのだと気づかされた時間だった。

駅からの9分間、日常を脱ぎ捨てる助走期間
5月の湿った風が運ぶ藤の花の甘い香りと、温泉街特有の硫黄の匂い。下呂駅から桜 River Side Stay 下呂温泉 / Sakura River Side Stay Gero Onsenまで歩くあの時間は、日常という重いコートを脱ぎ捨てるための、ちょうどいい助走だった。目的地に早く着くことよりも、誰が先に道に迷うかに注目していたくだらない時間。あの9分間の彷徨があったからこそ、ホテルに辿り着いた瞬間の開放感が、鮮明な色彩となって記憶に刻まれている。

5年後の自分が、この記憶の封印を解くとき

飛騨川のせせらぎを眺めていたとき、水面の揺らぎが見えてから耳に音が届くまでに、ほんの少しだけ時間がかかっていることに気づいた。記憶もきっと同じで、あの時の感情がそのまま届くことはないだろう。けれど、ドイツ人シェフのスープの深いコクや、浴衣の帯が少しだけきつかったあの窮屈な感覚がトリガーとなり、当時の「私たち」が不意に隣に座る気がする。忘れたいことよりも、忘れたくないくだらなさの方が、ずっと強く心に刻まれているはずだ。正解のない旅だったけれど、あの場所で、あの不揃いな時間を過ごしたことだけは、きっと一生の後悔にならない。

浴衣の袖に、ほんの少しだけ残っていた、川の匂い。

  • 純生貸切温泉の入浴法を説明する動画を、あえて真面目に最後まで見ること。
  • ドイツビールとスペアリブの組み合わせは、迷わず注文して心ゆくまで堪能すること。