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廊下の隅で、誰かがわざと笑った

廊下の隅で、誰かがわざと笑った

琥珀色の静寂、二つの記憶

指先に触れる畳のひんやりとした感触と、い草の乾いた香りが鼻をくすぐる。私たちは駅からの十五分を、誰が一番先に道を間違えるかという不毛な賭けに費やした。結果、全員が迷い、結局は誰かがスマートフォンで正解を導き出したけれど、そんなくだらない時間が心地よかった。湯之島館に足を踏み入れたとき、まず耳に入ってきたのは、古い木造建築特有の、低く、深く、呼吸しているような静寂。案内された本館客室の広縁から外を眺めると、九月の風に揺れるススキが銀色の波のように見えた。「ここでなら、私たちはいい意味で場違いな存在になれる」。そう直感した瞬間に、心の強張りがふっとほどけていった。

信じられないと思うけれど、あいつが「完璧なルート」を提示したとき、私は心の中で賭けていた。絶対、途中でコンビニに寄り道して時間をロスするだろうなって。案の定、私たちは迷路のような下呂の街で右往左往したけれど、それが正解だったのかもしれない。廊下を歩くたびに、古い木材が小さく鳴らす、ため息のような軋み音が心地いい。部屋に入った瞬間、熟成された木の匂いと、どこか遠くで聞こえる水の音が混ざり合い、意識がゆっくりと心地よくぼやけていく。黄金色の行灯が照らす空間に身を置いているはずなのに、なぜかパジャマで転がっていたい気分になる。そんな、いい意味での脱力感がここにはあった。

贅沢な食卓、二つの味覚

飛騨牛の脂が、熱を帯びた舌の上でゆっくりと溶けていく。温度が絶妙で、噛むたびに肉の濃厚な甘みがじわりと広がった。出汁の芳醇な香りが鼻に抜けるたび、自分が今、岐阜の深い山の中に抱かれていることを思い出す。漆器の滑らかな手触り、箸で触れたときの食材の弾力、それらがすべて正確なリズムで配置されている。けれど、その静謐な空間で、私たちは「誰が一番、この高級な空間に似合わない格好をしているか」という、最高にくだらなくて、最高に贅沢な議論に花を咲かせていた。丁寧な料理を口にしながら、口調はいつもの適当なままで。そのギャップが、なんだかとても自由で、心地よかった。

料理の味はもちろん最高だったけれど、私が覚えているのは、部屋に満ちていた笑い声の響きだ。数寄屋造りの洗練された空間に、私たちの場違いな冗談が波紋のように広がっていく。もともと静寂が支配していたはずの部屋が、くだらない会話で塗りつぶされていく感覚。それはまるで、古い壁にゆっくりと苔が浸食していくように、私たちの時間がこの宿の長い歴史に静かに混ざり合っていくみたいだった。飛騨の食材が持つ濃密な味わいよりも、隣で誰かが飲み物を吹き出しそうになっている、その一瞬の光景が、この旅で一番の贅沢だった。結局、何を食べたかより、誰と笑ったかを思い出すのだろう。

境界線が消える場所

裸足で踏んだタイルの温度が、ちょうど心地よく冷たかった。大浴場へ向かう廊下で、私たちはふと口を閉ざした。そこには、人間が作り上げた建築物を、ゆっくりと、けれど確実に自然が取り戻そうとしているような気配があった。石垣の隙間から溢れ出す深い緑の苔。それは、時間をかけて境界線を消し去っていく、静かな侵食。源泉掛け流しの湯に身を沈めると、白濁した湯気が視界を遮り、肌と水の境界線さえも曖昧になる。自分がどこまでで、どこからが下呂の湯なのか分からなくなる。筋肉のこわばりがほどけ、思考が空白になる。この贅沢な空白こそが、私たちが本当に求めていたものだった。誰一人として「癒やされた」なんて言葉は使わなかったけれど、湯上がりに冷たい夜気を吸い込んだとき、全員が同じ顔をして深く息をついていた。

廊下の隅で、誰かがわざと笑った音が、夜の闇に溶けていった。

  • 湯上がりに、あえて何も考えず、月明かりの下でススキの揺れる音だけを聴く時間を持ってほしい。
  • 完璧な計画を捨てて、宿の迷路のような廊下で、あえて目的地を決めずに歩いてみることをおすすめする。