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濡れた縁側と、誰のせいか分からない笑い声

濡れた縁側と、誰のせいか分からない笑い声

濡れたサンダルのぺたぺたという音が、静まり返った廊下に不自然に響く。古い木造建築特有の、乾いた杉の香りと微かな埃の匂いが鼻をくすぐった。誰が一番先に畳で滑るかというくだらない賭けをしていたけれど、結局は全員が同時にバランスを崩し、畳の上に心地よく崩れ落ちた。



炊き立てのご飯から、真っ白な湯気がゆらゆらと舞い上がる。口の中でほどける旬の野菜の、濃密で優しい甘み。箱根の清らかな湧き水で炊き上げられたお米は、一粒一粒が宝石のように凛としていて、噛むたびに静かな充足感が身体の芯まで広がっていった。


「ねえ、その浴衣の合わせ、完全に逆じゃない?」という鋭い指摘に、「これが令和の最新トレンドなの」と真顔で言い切る。そのあまりに強引で根拠のない理論に、私たちはしばらくの間、言葉を失ってから腹を抱えて笑い転げた。


飲泉可能な温泉水を使い、誰が一番「歴史の味」を深く感じ取れるかという選手権を開催した。真剣な面持ちで啜ったものの、結局は全員が「ただのお湯だね」という結論に辿り着いた。その救いようのないくだらなさが、たまらなく心地よかった。


窓の外では、雨に濡れた紫陽花が深い群青色に染まっている。しっとりと湿った空気が肌にまとわりつき、自分と世界の境界線が曖昧になっていく。それはまるで、濡れた和紙に墨がゆっくりと滲んでいくときの、あの静謐な変化に似ていた。


深夜三時、裸足で踏みしめた廊下の、芯まで冷えるひんやりとした温度。元湯 環翠楼 / Kansuiro の高い天井に、自分の小さな咳ひとつが寂しげに反響する。国登録有形文化財という大正時代の木造建築が持つ、ずっしりとした時間の重みが、足の裏からじわりと伝わってきた。


激しい雨の隙間に、一匹のホタルが迷い込んできた。深い闇に包まれた木造の空間に、小さな光の粒が不規則に、けれど確かに舞う。誰も声を上げず、ただその儚い光が消えるまで、私たちは祈るように息を止めて見つめていた。


都会で張り詰めていた心の糸が、この箱根の雨に洗われて、ゆっくりと溶け出していく。完璧な人間である必要なんてない。不格好なままで、ただここにいていい。そんな許しのような感覚が、静かに胸の奥へ溜まっていく。

濡れた傘を畳むとき、指先に残った冷たさが心地よかった。

  • 飲泉用のボトルを持って行って。お湯を料理に使うっていう通な楽しみ方があるらしいよ。
  • 紫陽花が一番綺麗な時間帯に、あえて何もせずに縁側で雨を見てほしいな。