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ぬるくなったサイダーと、誰のせいか分からない迷路

ぬるくなったサイダーと、誰のせいか分からない迷路

「地図を逆さまに持つな」という絶叫と笑い声

「だから地図を逆さまに持つなって言ったじゃん!」
「いや、この道で合ってるって。Googleマップがそう言ってるし」
「そのマップ、さっきからずっと北を南だと思って歩いてるよね。誇張抜きで、私たち今、完全に迷子だよ」
「迷子じゃない。これは『予定外の探索』。ねえ、見て、あっちに赤レンガ倉庫が見えてきたし!」
「見えてきたのはいいけど、もう浴衣の裾がボロボロ。誰が責任取るのよ」
「責任? そんなの、この旅の醍醐味でしょ。とりあえず、あそこの自販機でサイダー買おうよ」
潮風が混じった湿った空気が、弾ける笑い声と共に肌にまとわりついていた。

銀行の記憶を塗り替える、深い青の静寂

裸足で踏みしめたロビーの床は、驚くほどひんやりとしていた。外の蒸し暑さが皮膚にべったりと張り付いていた分、その冷徹な温度差に肺の奥まで洗われる感覚がある。HakoBA 函館 by THE SHARE HOTELSに足を踏み入れた瞬間、耳に届く音の質が変わった。高い天井が、私たちの騒がしい笑い声を吸い込み、心地よい残響へと変えてくれる。ここはかつて銀行だった場所だという。誰かの人生を左右するような重い数字や契約書が保管されていた堅牢な空間が、今は旅人のとりとめもない会話で満たされている。そのギャップが、なんだか可笑しくて、心地いい。

ラウンジに広がる深いブルーの色彩は、まるで深い海の底に潜り込んだときのような錯覚を覚えさせる。冷たい水の中にいるはずなのに、不思議と孤独ではない。むしろ、この青い空間が私たちを優しく包み込み、外の世界で張り詰めていた「いい友人」という役割を、そっと脱ぎ捨てさせてくれる。ジュニアスイート(メゾネット)の階段を上り、ふかふかのシーツに身を沈めると、心地よいリネンの香りが鼻をくすぐり、意識がゆっくりと溶けていった。20平米という空間は、一人でいれば十分すぎるほど広いけれど、三人で集まればちょうどいい密度の心地よさになる。深夜、ふと目が覚めて歩くとき、タイルの冷たさが足裏から伝わり、自分が今、函館という街の記憶の上に寝そべっていることを思い出した。

翌朝、DOCK棟から漂ってくるスパイスの香りが、眠っていた意識をゆっくりと引き上げる。スープカレーの野菜の柔らかさと、控えめながらもしっかりとした刺激が、胃のあたりをじんわりと温める。それは、単なる食事というより、今日という一日を始めるための儀式のようなものだ。窓の外では市電がガタゴトと低い音を立てて走り、街がゆっくりと呼吸を始めている。私たちはまた、お互いに軽口を叩き合い、誰が一番に準備を終えるかで賭けを始めた。この場所にあるのは、設備としての豪華さではなく、時間を贅沢に使うための「余白」なのだと感じる。

午前二時、嘘を脱ぎ捨てる時間

「ねえ、本当は今回の旅行、誰一人として計画通りに動けてないよね」
夜風が髪を揺らし、遠くで波の音がかすかに聞こえる。
「いいじゃん。結局、一番楽しかったのは、あのアイス屋の前で30分も言い争ったことだし」
「あはは、確かに。あの時の君の顔、本当にひどかったもん。でもさ、こうして一緒にいられるのって、意外とすごいことなのかもしれないね」
「急に真面目にならないでよ。そういうのは、もっとエモい音楽が流れてる場所で言って」
「ふふ。でも、この静けさ、嫌いじゃないな。誰にも邪魔されずに、ただ夜風に当たってるだけっていうのが、一番贅沢かも」
「……まあ、そうだね。次は、ちゃんと地図が読める人を一人誘おうか」

遠くで打ち上がった花火の音が、低い振動となって足元から伝わってきた。

  • 徒歩10分で登れる函館山への散歩道。あえて地図を閉じ、風の吹く方向だけを頼りに歩いてみるのがおすすめ。
  • シェアキッチンで地元の市場で買った果物を切り分ける。そんな何気ない時間が一番記憶に残る。