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赤レンガの隙間に、小さな指が触れたとき

赤レンガの隙間に、小さな指が触れたとき

琥珀色の光と、バターが溶け合う朝の調べ

指先に触れるリネンのひんやりとした感触と、窓から差し込む淡い琥珀色の光で目が覚める。9月の函館の朝は、空気が凛としていて、深く呼吸をするたびに肺の奥まで冷たい水で洗われるような清涼感がある。NIPPONIA HOTEL 函館 港町に身を置いていると、この建物自体が巨大な共鳴箱のように感じられる。明治時代の記憶を湛えた分厚い赤レンガの壁が、外の喧騒を柔らかく遮断し、室内の静寂を心地よく増幅させているからだろう。

レストラン「LE UN」へ降りると、焼きたてのパンと芳醇なバターの香りが、潮風と共に心地よい波のように押し寄せてきた。子供たちは、普段なら嫌がるフランス料理の繊細な盛り付けに、今日はなぜか興味津々の様子だ。長男が「このお皿、美術館みたい!」と声を弾ませ、小さなフォークを慎重に動かしている。その横で、次男がオムレツを一口で飲み込もうとして、口の周りを黄色く汚していた。私は、ゆっくりと時間をかけて淹れられたコーヒーの、カップから立ち上る白い湯気を眺めていた。その湯気が、北欧スタイルのシンプルな家具と、歴史ある建物の重厚な梁の間で、ゆらゆらとダンスを踊っている。完璧な朝食の時間なんて、家族旅行には存在しない。けれど、その不協和音さえも、この空間では心地よいリズムに変換される。美味しいものを食べた後の、あの満たされた沈黙が、家族の間をゆっくりと流れていた。

潮風に誘われて、不格好な串焼きを頬張る

ホテルを出て、赤レンガ倉庫群の間をゆっくりと歩く。足の裏から伝わる石畳の不規則な凹凸が、急ぎがちな大人の歩幅を自然と緩めてくれる。9月の風は、もう秋の気配を帯びていて、頬を撫でる感触が少しだけ鋭い。私たちは、あえて目的地を決めずに、子供たちの「あっちに行きたい」という直感に従って路地を曲がった。結果としてたどり着いたのは、観光ガイドには載っていないような、潮の香りが漂う小さな屋台の店だった。

そこで買ったイカの串焼きは、形こそ不格好で、甘辛いソースが指にべっとりとついた。でも、口に入れた瞬間の弾力と、香ばしい醤油の香りが、空腹に心地よく突き刺さる。次男が「海はなんでしょっぱいのお?」と、真剣な顔で聞いてきた。私たちは大人がなりがちな「正解」を教えることをやめて、「きっと魚たちがたくさんお塩を持ってきてくれたからじゃないかな」と、空想の答えを返した。子供はそれで満足そうに、また串焼きにかじりついている。

家族での移動は、常にチーム戦のような緊張感がある。誰かが迷子にならないか、誰かが疲れて泣き出さないか。けれど、そんな不安さえも、この街の風景に溶け込んでいく。赤レンガの壁に触れた子供たちの小さな指先。その指が感じたであろう、冷たくてザラザラした歴史の肌触り。私たちは、効率的な観光ルートを捨てて、ただ一緒に歩くことを選んだ。それは、目的地にたどり着くことよりも、道中で起きる小さな「事件」を楽しむことの方が、ずっと価値があると感じたからだ。遠くで鳴る船の汽笛が、私たちの旅に静かな句読点を打っていた。

深夜の静寂に溶ける、甘い記憶の断片

部屋に戻ると、心地よい疲労感が寄せては返す波のように押し寄せてきた。コンフォート ツインの広々とした空間は、家族四人がいても十分な余裕があり、木の温もりが心を解きほぐしてくれる。セミダブルのベッドに深く沈み込むと、今日一日歩いた足の疲れが、じわじわと心地よく溶けていくのがわかった。照明を落としたデザイナーズ空間に、子供たちの小さく規則正しい寝息が響いている。彼らは、旅の疲れからか、ベッドに入って数分で深い眠りに落ちていた。

それでも、私たち夫婦だけは、まだこの旅の余韻に浸っていたいと感じていた。地元の市場で買い込んだ、旬の果物と小さなケーキをテーブルに並べる。深夜の静寂の中で、フォークが皿に触れる小さな音が、驚くほど鮮明に聞こえる。それは、日中の喧騒が完全に消え去った後にだけ現れる、純度の高い音だ。甘いクリームが舌の上でゆっくりと溶けるとき、今日起きた出来事が、一枚のアルバムのように記憶のフォルダに整理されていく感覚があった。

「次はどこに行こうか」という会話さえ、今は必要ない。ただ、隣に誰かがいるという温度感と、この部屋を包む静かな空気があるだけで十分だ。NIPPONIA HOTEL 函館 港町という場所は、単なる宿泊施設ではなく、私たち家族がバラバラに散らばっていた意識を、一つの心地よい周波数に調律してくれる装置のようなものかもしれない。外では、夜風が赤レンガの壁を撫で、目に見えない歴史の層を揺らしている。私たちは、その大きな静寂に身を委ねながら、ゆっくりと目を閉じた。明日になれば、また子供たちが騒がしく目覚め、日常という名の心地よい混沌が始まる。けれど、今のこの静寂こそが、私たちが本当に求めていた贅沢だったのだと思う。

「またここに来ようね」という囁きが、夜の静寂に優しく溶けていった。

  • 函館朝市で、その日の朝に獲れたばかりの弾力あるイカを、ぜひ家族で味わってみてほしい。
  • 赤レンガ倉庫群の路地裏で、地図を閉じ、家族の直感だけを頼りに歩く贅沢な時間を。