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ぬるくなった紅茶と、誰のせいか分からない沈黙

ぬるくなった紅茶と、誰のせいか分からない沈黙

「誰が一番先に、寒さに負けるか賭けない?」

「いいよ、乗った。どうせ一番先に泣き言を言うのは、薄着で来た君だろうし」
誰かが笑いながら言い、もう一人がわざとらしく肩をすくめる。10月の新得町。車を降りた瞬間に肺の奥まで届く冷気は、まるで鋭いナイフで空気を切り裂いたみたいに冷たかった。
「ちょっと待って、誰か私の充電器持ってない? 貸したままだった気がするんだけど」
「あー、それ。さっきのサービスエリアで君が『ここに置いておくね』って言ったやつでしょ。記憶力、本当にどうにかしてほしいよね」
「ひどい! 旅に出たら記憶の半分くらいはどこかに落としてくるもんでしょ」
そんなくだらない言い合いが、乾いた枯れ葉を踏みしめる音と共に、冷たい風にさらわれていく。私たちは互いをいじり合うことで、この心細いほどの静寂を塗りつぶそうとしていたのかもしれない。

境界線が溶け出す、青い静寂のなかで

湯宿くったり温泉レイク・インの部屋に足を踏み入れたとき、最初に鼻をくすぐったのは、古い木材の香りと清潔なリネンの匂いが混ざり合った、どこか懐かしい香りだった。指先で触れた窓ガラスは、外の凍てつく気温をそのまま伝えるように冷たいが、室内は柔らかな暖房の熱が、心地よい繭のように私たちを包み込んでいる。窓の外には、大雪連邦と日高山脈の雄大な稜線が、薄暮の空に濃い藍色のシルエットを描き出していた。

この旅の空気感は、濡れた紙に落ちたインクの滲みに似ている気がする。最初はそれぞれがはっきりとした色を持って、ぶつかり合い、主張し合っていた。けれど、時間が経つにつれて、その境界線はゆっくりと、けれど確実に溶け出し、互いの領域に浸透していく。誰が何を言い、誰がそれに笑ったのか。そんな細かな区別はもう意味をなさず、ただひとつの、複雑で深い色彩の混濁へと変わっていく。

温泉に浸かると、とろみのあるお湯が肌に心地よい重さでまとわりつき、主浴槽にプカプカと浮いている丸太のざらりとした質感に指を添えると、大地の温もりがじわりと伝わってきた。外の刺すような冷気と、内側の濃密な熱。その激しいコントラストが、かえって自分の輪郭をはっきりさせてくれる。隠れ家的リゾートという言葉がふさわしいこの空間で、私たちは日常という鎧を一枚ずつ脱ぎ捨てていった。

ふとした拍子に、誰かがかっこいいポーズで立ち上がろうとして、絨毯の端に足を引っ掛け、派手にバランスを崩した。その瞬間、部屋中に爆笑が巻き起こる。完璧に計画された旅よりも、こういう、計算できない小さな失敗こそが、この場所の風景に溶け込んでいるように感じた。私たちは、ただそこにいて、互いの不完全さを認め合うことで、心地よい共鳴を奏でていた。早朝、カーテンを開けるとそこには言葉にならないほど深い青の湖が広がっていた。それは視覚というより、耳で聞く低周波のような、静かな圧迫感を持って迫ってくる。その圧倒的な静寂に、私たちはただ、心地よく屈服していた。

深夜二時の、嘘のない周波数

「ねえ、ぶっちゃけ、今の仕事のこと、正解だと思う?」
部屋の明かりを落とし、間接照明だけがオレンジ色の小さな円を描いている。昼間の喧騒が嘘のように消え、聞こえるのは遠くで鳴る風の音と、誰かの静かな呼吸だけ。
「さあね。正直、全然分からない。というか、正解なんて最初からなかったのかもしれないし」
「……だよね。なんか、ここにいると、分からないままでもいい気がしてくる」
「かもしれないね。不安っていうのは、警告じゃなくて、ただのコンパスみたいなものだと思うんだ。怖いと感じる方向に、たぶん答えがあるんじゃないかな」
「そういうこと、昼間は絶対言わないよね。かっこつけてるから」
「うるさいな。今は、そういう気分なだけ」
そう言って笑う友人の横顔に、夜の闇が深く落ちている。布団が擦れるカサカサという摩擦音が、今の私たちにとって、どんな言葉よりも誠実な返答に聞こえた。

湖面にひとひらの紅葉が落ち、静かに円を描いて消えた。

  • 温泉の主浴槽で、プカプカと浮く丸太に身を任せて、大雪連邦の山並みを眺めること。
  • 朝六時、まだ誰も起きていない湖畔を歩き、冷たい空気で肺をリセットすること。