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誰かが脱ぎ捨てた小さな靴と、深い青い静寂

誰かが脱ぎ捨てた小さな靴と、深い青い静寂

巨大な地層のケーキに指を触れたとき

新千歳空港から送迎車に揺られること40分。車窓の外はまだ冬の名残を留めた白が支配し、時折混じる枯れた茶色の景色が、春の訪れがまだ遠いことを静かに告げていた。しこつ湖 鶴雅別荘 碧の座のロビーに足を踏み入れた瞬間、鼻先をかすめたのは、凛とした冷たい外気とは対照的な、どこか懐かしく温かみのある土と杉の香りだった。

下の子が真っ先に駆け寄ったのは、高さ8メートルにも及ぶ圧倒的な積層壁だった。大人がその壁に「縄文から現代へと積み重なった時間の物語」という知的な意味を読み取ろうとする傍らで、あの子はただ、塗り重ねられた土の色が、まるで巨大な地層のケーキみたいだと言って無邪気に笑っていた。小さな指先で、土の中に埋め込まれたしじみのゴツゴツとした硬い感触を、宝探しをするように丁寧になぞっている。あの子にとって、一万年という途方もない歴史の概念よりも、今この瞬間に指先に伝わる「確かな手触り」の方が、ずっと重要で、信頼できる真実なのだろう。

浴衣のマントを羽織った小さな騎士の領土

エグゼクティブスイートヴィラの重厚な扉が開いたとき、まず私を包み込んだのは、周囲の音がふっと吸い込まれていくような、深い静寂の奥行きだった。270平方メートルという贅沢な空間は、大人にとっては究極の休息の場かもしれないが、子供たちにとってはそこは未知の領土であり、最高に刺激的な冒険の舞台へと瞬時に変貌する。

上の子が「ここは僕たちの城だ!」と高らかに宣言し、サイズが大きすぎる浴衣をマントのように肩に羽織って、リビングから寝室まで全力で駆け出した。裾を何度も踏んづけて、派手に転んだとき、私たちは同時に吹き出した。完璧な家族旅行を演じようと、どこかで肩を強張らせていたはずなのに、そんな不格好で愛おしい光景を見た途端、心の結び目がふっとほどけていくのがわかった。

窓の外には、支笏湖の深く、底知れない碧が広がっている。その色は、真っ白な画用紙に一滴の濃いインクを落としたときのように、ゆっくりと、けれど確実に部屋の隅々まで浸透してくる。子供たちがバルコニーで「湖の中に大きな魚がいるかな」と身を乗り出している後ろ姿を眺めながら、私はこの深い青が、私たちの間にあった小さな緊張や日々の疲れを、静かに溶かし去ってくれているように感じた。

プライベートスパに足を浸すと、タイルのひんやりとした温度が足裏から伝わり、その直後に包み込むようなお湯の熱さが強張った肌を緩めていく。子供たちは水面を激しく叩いて、飛び散るしぶきに歓声を上げていた。その乱雑で、騒がしく、それでいて限りなく純粋な時間が、この広々とした空間に心地よく溶け込んでいた。水しぶきが光に反射して、小さな虹のように舞う。その一瞬の輝きこそが、旅の本当の目的だったのかもしれない。

碧い静寂に溶け込む、大人のための時間

深夜2時。嵐のような騒ぎが嘘のように消え去り、部屋には再び深い静寂が戻ってきた。子供たちが互いの体温を分け合うようにして深い眠りに落ちたあと、私は一人でリビングのソファに深く腰を下ろした。心地よい疲労感が、ゆっくりと身体の芯に染み渡っていく。

耳を澄ませると、かすかに冷蔵庫が発する低いハム音と、遠くで湖が深く呼吸しているような、名前のない音が聞こえてくる。昼間の喧騒が嘘のように、今はただ、自分という存在がこの静謐な空間にそっと置かれている感覚がある。誰の母親でもなく、誰の妻でもない、ただの「私」に戻れる時間。

温かいお茶を一口すすると、喉から胃にかけてゆっくりと熱が広がり、内側から身体がほどけていく。その温度が、今の私には何よりも贅沢な救いだった。旅に出る前は、子供たちがぐずったらどうしよう、予定通りに動けるだろうかと不安でいっぱいだったけれど、実際には、予定が心地よく崩れたところからこそ、本当の旅が始まっていたのだと気づかされる。

ふと横を見ると、脱ぎ捨てられた小さな靴が、ちょこんと不揃いに並んでいた。その無防備な姿を見たとき、胸の奥がじんわりと温かくなる。私たちは何か特別な答えを見つけたわけではないけれど、ただ一緒にここにいて、同じ碧い景色を眺めた。それだけで、十分すぎるほど満たされていた。

夜の支笏湖は、もう黒に近い深い青に染まっている。けれど、その濃密な暗闇こそが、明日また始まる賑やかな時間を、より鮮やかに彩ってくれるための大切な準備期間なのだろう。私はゆっくりと目を閉じ、湖の呼吸に自分のリズムを合わせていった。

誰かが脱ぎ捨てた小さな靴が、月明かりに照らされていた。

  • 子供と一緒に、ロビーの土壁に埋まったしじみの数を競い合って数えてみてください。
  • 子供たちが寝静まった後、湖の碧に溶け込むように、ゆっくりと読書や瞑想の時間を。