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指先に残った、温かい白の記憶

指先に残った、温かい白の記憶

静寂を溶かす、白い小袋

ハーブティーのティーバッグ。指先で触れると、わずかにざらついた紙の質感があり、そこには自然の素朴さが宿っている。沸き立つお湯を注いだ瞬間、白い湯気と共に、名前も知らない野草の清々しい香りがふわりと鼻をくすぐった。カップの中で琥珀色の液体がゆっくりと、けれど確実に広がっていく様子を眺めていると、窓の外に広がる十勝の凍てつくような冷気さえも、この小さな温もりを際立たせるための演出だったのではないかと思えてくる。

湯気の向こう側に漂う、不器用な言葉

「ねえ、ここ、本当に静かだね」

君がカップを両手で包み込み、吐息のような声で呟いた。僕は窓の外、十月の冷え込んだ森を眺めていた。赤や黄色に染まった木々が、薄暗い光の中で静かに呼吸している。

「……うん。静かすぎるくらいかもしれない」

「ふふ。あなた、そういうときいつも不安そうにするよね」

「不安っていうか。ただ、この静寂に耳を澄ますと、自分の心拍数まで聞こえてきそうで」

僕たちはしばらく、言葉を交わさなかった。ただ、お茶の温度が少しずつ下がっていく気配だけが、部屋の中に満ちていた。言葉にすれば、この心地よい空白が壊れてしまいそうで、僕たちはわざと口を閉ざしていたのかもしれない。

一杯のお茶が繋いだ、心の空白

チェックアウトした後も、あの部屋に流れていた濃密な空気感を思い出すことがある。サホロリゾートホテルに足を踏み入れたとき、僕たちの間には、言葉にできない小さな緊張感が漂っていた。それは都会の喧騒の中で積み重ねてきた、誰にも解けないほどきつく結ばれた感情のしこりのようなものだった。けれど、コンフォートルームの扉を開けた瞬間、その強張っていた心が、ふっと緩んだ気がした。

裸足で踏みしめた床の心地よい温度。地元産の木材で作られた家具が放つ、深く落ち着いた木の香り。合成洗剤の匂いが一切しない、清潔でどこか素朴なリネンの手触り。それらが、僕たちのこわばった心をゆっくりと、丁寧に解きほぐしていく。深い眠りに誘うベッドに身を沈めたとき、身体の重みがそのまま大地に吸い込まれていく感覚があった。それは、自分を守るために身に纏っていた見えない鎧を、一枚ずつ脱ぎ捨てていく作業に似ていた。

ふと思い出して笑ってしまうのは、バスルームでの出来事だ。備え付けのドライヤーの風力が驚くほど穏やかで、君が「これじゃあ、髪が乾くまでに明日になっちゃう」と、いたずらっぽく笑っていた。僕はそれに合わせて、わざと丁寧に、一本一本の髪を慈しむように乾かすふりをした。そんな、どうでもいい時間。けれど、その些細なやり取りが、僕たちの間にあった見えない壁を、春の雪解けのように消し去ってくれたのだと思う。

十月の新得町は、空気そのものがクリスタルのように透明だ。早朝、肌を刺すような冷たい風に当たり、それから温泉の熱い湯に身を委ねる。その激しい温度差こそが、僕たちが本当に必要としていた刺激だったのかもしれない。もつれていた感情の糸が、一本、また一本と、自然に解けていく。誰に教わったわけでもないけれど、ここではただ、ありのままの自分でいいのだと、身体が先に理解していた。

外に出れば、また騒がしい日常が待っている。けれど、指先に残ったティーカップの温もりと、あの静謐な木の香りを思い出せば、もう一度、ゆっくりと歩き出せる気がする。僕たちは、ただ一緒にそこにいて、同じリズムで呼吸をしていた。それだけで十分だったのだと、今ならわかる。

窓の外で、最後の一枚の葉がゆっくりと、静寂の中へ落ちていった。

  • サホロリゾートホテル内のバーで、夜の静寂に身を委ねながらカクテルを。
  • ベア・マウンテンを訪れ、十勝の澄んだ空気を肺いっぱいに吸い込んで。