← 回到 佐呂間湖 鶴雅度假村

雨の匂いと、誰かが笑ったあとの空白

雨の匂いと、誰かが笑ったあとの空白

湿った風と、地図を捨てた午後の迷路

レンタカーの助手席に深く身を沈めると、少しだけ湿ったシートのしっとりとした感触が太ももにまとわりついた。車内に充満しているのは、誰が選んだのかも分からない、絶妙にセンスの悪いプレイリストのノイズと、使い古された芳香剤の、どこか懐かしくも不快な甘い匂い。運転している友人は、Googleマップの指示に完全に裏切られていた。私たちは密かに賭けていた。誰が一番最初に「道に迷った」と認めるか。結果的に、白旗を上げたのは人間ではなく、電波圏外になって沈黙したスマートフォンだった。

誇張ではなく、客観的に見れば絶望的な状況だったのかもしれない。けれど、その時の車内の空気は、不思議と軽やかだった。窓を少しだけ開けると、六月の北見の空気が、ぬるいタオルみたいに肌にまとわりついてくる。この心地よい湿度は、人の心を少しだけ緩ませ、正解への執着を消し去ってくれるのかもしれない。「まあ、いいじゃん」と誰かが笑い、その声が狭い車内に反響して、心地よいリズムになる。目的地に向かっているというよりは、ただ一緒に迷子になっているという贅沢な状態。その不確かさが、心地よい周波数のように私たちを優しく包み込んでいた。

深い青の静寂と、雨に溶ける境界線

ふと車を止めた道端に、驚くほど濃い青色の紫陽花が群生していた。雨上がりで、花びらには小さな水滴がいくつも宝石のように乗っていて、それが鈍い光を屈折させていた。私たちは、誰が言い出したわけでもなく、ただ黙ってその深い青を眺めていた。ふと、周囲の空気が重くなる。気圧が下がり、また雨が降り出す直前の、あの独特な静寂。皮膚が微かにピリつくような、静電気に似た感覚が走る。

「あ、また降ってくる」と誰かが呟いた瞬間、同時に四人が小さく舌打ちをした。でも、それがなんだというのだろう。予定通りに観光地を効率よく回るよりも、雨に降られて途方に暮れる時間の方が、ずっと「私たちらしい」気がした。道端の売店で買った、温かすぎる缶コーヒーのアルミの熱さが、手のひらにじりじりと伝わる。その熱が、冷え始めた指先をゆっくりと溶かしていく感覚。もしかすると、旅の正解とは、こうした「想定外」という名の空白をどう埋めるかにあるのかもしれない。私たちは、濡れたアスファルトが放つ特有の土の匂いを嗅ぎながら、もう一度、わざと遠回りをすることに決めた。効率なんて、この湿度の中では意味をなさない。ただ、隣にいる誰かの肩が触れる距離で、雨音に耳を澄ませていたいと思っただけだ。

サロマ湖 鶴雅リゾート、静謐な木香と湖の抱擁

ようやく辿り着いたサロマ湖 鶴雅リゾートのロビーに足を踏み入れると、外の湿った空気とは対照的な、乾いた木の香りがふわりと鼻腔をくすぐった。チェックインを済ませて部屋に向かう廊下では、厚い絨毯に吸い込まれる足音だけが静かに響き、旅の昂揚感を心地よく鎮めていく。グループルーム「楽庵」の扉を開けた瞬間、まず目に飛び込んできたのは、陽光に照らされた広々とした畳の空間だった。私たちは、まるで野生動物が縄張りを確認するように、誰がどこに荷物を置くかで静かな、けれど激しい争いを繰り広げた。結局、一番窓に近い特等席を勝ち取ったのは、一番声の大きい友人だった。けれど、不思議と誰も不満はなかった。

裸足で踏んだ畳の、少しだけひんやりとした、けれど確かな温度。それが、旅の緊張をゆっくりと解きほぐしていく。バルコニーに出ると、そこにはサロマ湖が静かに広がっていた。それは「美しい景色」という言葉で片付けるには、あまりに重く、深い色をしていた。空と湖の境界線が曖昧になり、世界が深い青と灰色に溶け合っている。その景色を眺めながら、私たちは同時に深い溜息をついた。「ここ、最高じゃん」という言葉が出たけれど、本当は言葉にする必要なんてなかった。ただ、そこに一緒にいるという事実だけで十分だった。

夕食のビュッフェでは、地元産の海鮮が贅沢に並ぶプレートを囲み、立ち上る白い湯気に包まれながら、とりとめもない話に花を咲かせた。誰かが口いっぱいに蟹を頬張ったまま、変な顔で笑い、それが連鎖して全員が爆笑する。そんな、なんてことない瞬間。けれど、その笑い声こそが、この旅で一番大切にしたい音だった。深夜、温泉から上がって、少し火照った肌に冷たい夜風を当てながら、私たちはまた、明日も迷子になろうと約束した。

湖の深い青が、ゆっくりと夜の闇に溶けていくのを眺めていた。

  • 六月のサロマ湖周辺は、あえて地図を捨てて、紫陽花の色を辿って歩いてみてほしい。
  • 楽庵の広い畳の上で、あえて何もしない時間を共有することを、強くおすすめする。