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濡れた靴下と、暖かいお湯の温度

濡れた靴下と、暖かいお湯の温度

指先に触れるレインコートの冷たい感触と、少しだけ重くなった靴の重み。函館駅を降りてからセンチュリーマリーナ函館まで歩くわずか6分の間、私たちはしっとりと降りしきる雨のカーテンの中を歩いていた。子供たちは「雨の匂いがする!」とはしゃぎ、私は濡れた裾を気にしながら、弾むように進む彼らの小さな背中を追いかける。そんな、少しだけ予定が狂い始めた瞬間にこそ、この旅の本当の輪郭が見えてくるような気がした。

港町の船旅のような高揚感を、家族で分かち合えるのはなぜか?

ロビーに足を踏み入れた瞬間、ふと天井を見上げた。そこには船の底を思わせる緩やかな曲線美が広がっていて、子供たちが「ここ、本当の船なの?」と目を輝かせて声を上げた。チェックインの手続きを待つ間、彼らはロビーを広大な甲板に見立てて、想像上の航海を始めている。大人はそれを「コンセプト」や「モダンなデザイン」という言葉で片付けてしまうけれど、子供たちにとってここは単なる宿泊施設ではなく、未知の港へ連れて行ってくれる魔法の乗り物なのだろう。

家族で旅をすると、どうしても「効率」や「正解」という正解のない正解を追い求めてしまいがちだ。けれど、ここではその心地悪い緊張感が、ふわりと解けていく。厚みのあるカーペットが足音を静かに吸い込み、廊下を駆ける子供たちの足音が、心地よいリズムとなって空間に溶け込む。部屋のドアを開けたとき、そこにあるのは単なる客室ではなく、家族だけの秘密の「船室」という感覚だ。誰かが靴下を脱ぎ散らかし、誰かがベッドにダイブする。そんな、生活の断片がそのまま旅の記憶に溶け込んでいく。完璧に整った時間よりも、こういう少し乱雑で温かい空気感の中にこそ、家族の本当の距離感があるのかもしれない。

子供たちの好奇心を刺激した、色鮮やかな「宝探し」の時間は?

翌朝、2階の「ユウユウテラス」へ向かう。そこは単なる朝食会場というより、世界中の色鮮やかな食材が集まる小さなマルシェのようだった。香ばしく炊き上げられた玄米の匂いと、北海道の豊かな土が育てた野菜たちの鮮やかな色彩が、一気に視界に飛び込んでくる。次男が「この野菜、見たことない色!」と指差したのは、深く濃い紫色の根菜だった。彼らにとって、ビュッフェ形式の食事は某種の宝探しのようなものだ。お皿に何を盛り付けるか、どの色の食材を組み合わせるか。真剣な表情で料理を選ぶ子供たちの横顔を見ていると、日常の喧騒の中で忘れていた「選ぶことの純粋な喜び」を思い出させられる。

「玄米って、なんだかお米が踊ってるみたい」と長男が言い出した。そんな突飛な表現に、思思わず笑みがこぼれる。テーブルの上は、こぼれたスープや散らばったナプキンで、正直に言って少しだけカオスな状態だった。けれど、その賑やかさがたまらなく心地いい。世界各国の港町をイメージしたというカラフルな座席に身を委ね、窓の外に広がる函館の街並みを眺めながら、私たちはゆっくりと時間を消費していく。急いで観光地を回るよりも、こうして「何を食べたいか」を話し合う時間の方が、ずっと贅沢な気がした。お腹が満たされていくのと同時に、心の中にある名前のない空白が、温かい何かで満たされていく。それは、美味しい食事と、隣に大切な誰かがいるという絶対的な安心感が作り出した温度なのだろう。

旅の終わりに、心に静かに灯り続ける記憶とは何か?

最後に向かったのは、最上階にある天空露天風呂だ。6月の函館の空気はまだ少し冷たく、肌を撫でる風が心地いい。天然温泉の温かいお湯にゆっくりと体を沈めたとき、肩に溜まっていた旅の疲れが、お湯に溶け出して消えていくのがわかった。目の前には、静かに佇む函館山のシルエット。立ち上る白い湯気に包まれて、景色が淡くぼやけて見える。その曖昧さが、かえって心を穏やかにしてくれる。

子供たちは、お湯の中で「ぷかぷか浮いてる!」と大喜びしていたけれど、ふとした瞬間に静かになり、夜空を見上げていた。言葉を交わさなくても、同じ温度の心地よさを共有している。そんな静寂の時間こそが、何よりも尊い。濡れた髪をタオルで拭き、ふかふかのベッドに潜り込んだとき、指先に残っていたのはお湯の温もりと、家族の柔らかな体温だった。旅の終わりには、いつも少しだけ寂しさがつきまとう。けれど、それは「またここに来たい」という願いの裏返しなのだろう。私たちは、完璧なスケジュールをこなしたことよりも、雨に濡れて笑い合ったことや、見たこともない野菜に驚いたこと、そして、お湯の中で一緒に静寂を味わったことを、一番に思い出すはずだ。

濡れた靴下を脱ぎ捨て、家族の体温が溶け合う布団に潜り込む至福のひととき。

  • 雨の日こそ、あえてゆっくりと「船旅」気分で館内のモダンな意匠を探索してほしい。
  • 朝食のユウユウテラスでは、子供と一緒に「今日一番の発見」を語り合ってみて。