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冷たい指先と、分け合った地図の体温

冷たい指先と、分け合った地図の体温

誰の荷物が一番先に転がったか

酒田駅のホームに降り立った瞬間、肺の奥まで凍りつくような鋭い冷気が流れ込んできた。12月の風は刃物のように冷たく、コートの隙間を容赦なく通り抜けていく。「誰が一番先にチケットを失くすか」という、大人のすることとは思えないくだらない賭けをしていた私たちは、結果的に誰も失くさなかった。けれど代わりに、誰かのスーツケースのキャスターがガタガタと不協和音を奏で始め、駅前の静寂を塗りつぶしていく。凍えた指先でスマホを叩きながら、「予約したのは誰だっけ?」と互いに責任を押し付け合う喧騒。けれど、目の前に「月のホテル / TSUKINO HOTEL」の看板が見えたとき、私たちは同時に吹き出した。駅から徒歩1分。この絶望的な寒さの中で、これ以上の救いはなかったと思う。

この宿が私たちに教えてくれた4つのこと

「徒歩1分」という名の宗教的救済
雪道を20分歩かされる絶望を骨の髄まで知っている私たちにとって、駅の目の前に宿があることは、もはや信仰に近い。チェックイン後、凍えた身体を温めてから「もう一度コンビニに寄ろう」という提案が、現実的な選択肢として成立する快感は異常なほどに心地よい。

モデレートダブルを巡る外交問題
限られたベッドのどちら側に寝るか。特に窓側という特等席を巡る議論は、もはや国家間の領土問題のような緊張感に包まれていた。結局、じゃんけんで決着がついたが、負けた側が布団の中で漏らした不満げな溜息が、部屋の静寂に心地よく溶けていた。

組子細工と照明がもたらす錯覚
和モダンな空間に配された繊細な組子細工と、月明かりを模した絶妙なライティング。パジャマ姿でポテトチップスを頬張っているだけなのに、なぜか映画のワンシーンに迷い込んだような気分にさせてくれる。自分たちが、実際よりも少しだけ洗練された人間に見えるという不思議な錯覚だ。

朝食ビュッフェでの奇跡的な団結
普段は食事の好みで言い争う私たちだが、地元の幸が並ぶ朝食の前では、驚くほど意見が一致する。湯気を立てる料理を皿に山盛りにして、「ダイエット」という言葉を禁句にしたあの瞬間だけは、私たちの絆が人生で最も深まった気がしてならない。

リストに書き込めなかった、静かな浸透

街のイルミネーションを巡り、カウントダウンの喧騒に身を任せた後、部屋に戻って靴を脱いだとき、ふと気づいた。私たちの騒がしさが、この空間にゆっくりと溶け出していく感覚。それは、真っ白な紙に落ちた一滴の濃いインクが、繊維に沿って静かに、けれど確実に広がっていく過程に似ていた。温泉で芯まで温まった身体を、パリッとしたシーツの感触と適度な重みの布団が包み込む。外の冷気で強張っていた心と身体が、ゆっくりと解けていくのがわかった。

ふと隣を見ると、友人が深い溜息をついてベッドに沈み込んでいた。私たちはもう、誰が正しかったかとか、明日の予定がどうなっているかとか、そんなことはどうでもよくなっていた。ただ、同じ空間で、同じ温度の空気を吸っている。その事実だけが、確かな手触りを持ってそこにあった。不完全な計画と、心地よい疲労感。それらが混ざり合って、名前のない安心感に変わる。もしかすると、旅の本当の目的は、こうした「予定外の空白」を共有することだったのかもしれない。私たちは、消えかかったテレビの明かりの中で、心地よい沈黙に身を任せた。

窓の外では、本物の月が静かに街を照らしていた。

  • 駅から徒歩1分なので、チェックイン前に駅前の地元店で温かい飲み物を買うのがおすすめ。
  • 冬の酒田は想像以上に冷えるため、厚手の靴下を履いて、部屋の布団に潜り込む時間を最大化してほしい。