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小さな指先に残った、バラの香りの記憶

小さな指先に残った、バラの香りの記憶

ロビーに足を踏み入れた瞬間、雨上がりの深い森を歩いているかのような、しっとりとしたウェルカムアロマが鼻腔をくすぐった。靴を脱ぎ、もこもことした絨毯に足裏が深く沈み込む。その柔らかな感触に、旅の緊張で強張っていた肩の力がふっと抜けていくのがわかった。ホテルリソルトリニティ札幌が大切にしているこの「靴を脱ぐ」という作法は、単なる習慣ではない。外の世界に置いてきた都会の喧騒や、日々の慌ただしさを玄関で脱ぎ捨てる、心地よい浄化の儀式のようなものだ。

実を言えば、ここに至るまでの道中は、少々賑やかすぎた。上の子は「僕が地図を持つ!」と小さな手でガイドブックを握りしめ、下の子は車の中で「温泉って、どうして地面から出てくるの?」と、答えのない問いを何度も繰り返していた。けれど、そんな家族の賑やかな不協和音さえも、五月の札幌が持つ澄んだ空気の中に、心地よく溶け込んでいく。パークサイドダブルの窓を開ければ、大通公園の緑が目の前に広がり、風に乗って運ばれてくるバラの甘い香りが、私たちの日常を鮮やかな旅の色に塗り替えてくれた。

ある日の午後、下の子がホテルの真っ白なバスローブを身に纏い、「僕は正義の味方だ!」と宣言して廊下を駆け抜けていた。サイズが大きすぎて、裾をずりずりと引きずりながら走るその滑稽で愛らしい姿に、私たちは思わず顔を見合わせて笑い合った。「もう、危ないよ」と口では言いながらも、心の中ではこの時間が永遠に続けばいいと願っていた。完璧な計画よりも、こうした予期せぬ笑いこそが、旅の本当の記憶になる。正解のない旅の中で、ただ一緒に笑い合えること。それこそが、何よりの贅沢なのだと感じた。

五月の札幌で、家族の記憶に刻まれた五つの断片

濡れたバラの花びら:ひんやりとしていて、指先に触れる質感は上質なベルベットのよう。大通公園の散歩中、下の子が地面に落ちていた一枚を宝物のように拾い上げ、不思議そうに眺めていた。五月の風が運んできた、少しだけ湿り気を帯びた春の濃い匂いが、鼻先をかすめた。

厚手の白いバスタオル:乾燥機から出たばかりの、ずっしりとした重みと包み込まれるような温かさ。大浴場から上がり、父親が子供たちを大きなタオルでぎゅっと抱きしめた時の、安心しきった寝顔。繊維のひとつひとつが肌に触れる心地よさが、深い眠りへと誘う優しい調べのように響いていた。

とろける北海道産バター:朝食ビュッフェのトーストの上で、ゆっくりと黄金色に溶け出していく様子。上の子が「見て、バターがダンスしてる!」とはしゃいでいた。口に運べば、心地よい塩気と濃厚なコクが広がり、眠っていた身体の細胞がひとつずつ、ゆっくりと目覚めていく感覚があった。

大浴場の温かいタイル:裸足で踏みしめた時の、表面のひんやり感と、その芯にあるじんわりとした温もり。母親が「あぁ、生き返るわ」と小さく吐息をついた。お湯に浸かる直前の、あの贅沢な静寂の時間。水滴がタイルに落ちる規則正しい音が、心拍数を穏やかに整えてくれた。

パリッとしたリネンの感触:ベッドに潜り込んだ瞬間、肌を撫でる清潔で冷ややかな感触。下の子が安心したようにシーツの端をぎゅっと握りしめていた。外の喧騒が遠のき、部屋の中だけが優しい繭のように私たちを包み込み、家族の距離がふっと近くなった気がした。

朝の澄んだ空気の匂いが、しばらくの間、服の繊維に残っていた。

  • 朝七時の大通公園を散歩してみてください。まだ誰もいない緑の静寂が、心を穏やかに整えてくれます。
  • 朝食ビュッフェでは、地元の新鮮なミルクを。その純粋な白さと甘さが、旅の始まりにぴったりです。