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ぬるくなったお茶と、誰のせいか分からない笑い声

ぬるくなったお茶と、誰のせいか分からない笑い声

誰が言い出したか、記憶の彼方へ消えた深夜の空腹

指先に触れるカードキーの冷たいプラスチックの質感。それをドアロックに近づけたとき、ようやく一日が終わったのだと、深い溜息と共に実感する。帯広の八月の夜は、外を歩けばまだ祭りの熱気が皮膚にねっとりと張り付いているが、ホテル日航ノースランド帯広のロビーに足を踏み入れた瞬間に、空気が心地よく切り替わった。洗練された現代的な空間がもたらすひんやりとした静寂。その温度差に、一日中張り詰めていた肩の力がふっと抜けていく。

盆踊りの輪の中で、誰が一番不器用だったかを競い合った後のことだ。駅直結という贅沢な立地は、疲労困憊の私たちにとって、救いというよりは単なる物理的な最短距離だった。コンビニで買い込んだ、十勝産の濃厚な乳製品を使ったスイーツや、正体不明の惣菜が詰まったビニール袋が、歩くたびにカサカサと乾いた音を立てる。その音が、今の私たちにとっての唯一のBGMだった。スタンダードシングルという、機能的で落ち着いたインテリアの部屋に入り、照明を落として、間接照明だけのオレンジ色の空間に身を投げ出す。誰かが「やっぱり何か食べない?」と呟いた。それは空腹というよりは、この心地よい倦怠感をもう少しだけ引き延ばしたいという、密やかな共犯関係のような欲求だったのかもしれない。

畳まれたプライドと、口いっぱいの甘いもの

「ねえ、さっきの踊り、マジで故障したロボットみたいだったよ」

ベッドの上に直接広げたコンビニの袋から、地元の濃厚なプリンを口に運ぶ。誰かが笑いながらそう言い出した。私は自分の不器用さを棚に上げて、隣で口いっぱいにケーキを頬張っている友人の、クリームがついた口元を指差す。

「こっちは、踊ってるっていうか、ただ方向感覚を失ってただけだよね」

「いや、あれは新しいスタイルの盆踊りだったと思う。前衛的というか」

「言い訳がすぎる。まあ、いいけど」

私たちは、互いの失敗を丁寧に拾い上げては、笑いながら咀嚼していく。ホテルのシーツが肌に触れる、さらりとした清潔な感触。その上に散らばった、色とりどりのパッケージ。普段なら気にするはずの「散らかった部屋」という状況が、今はたまらなく心地よい。口の中に広がる、十勝のミルクの濃厚な甘みと、わずかな苦味。それが疲れた脳にゆっくりと染み渡っていく。

私たちは、社会的な役割や、誰かに見せたい自分という外装を、祭りの喧騒と一緒に駅のホームに置いてきた。ここにあるのは、ただの空腹と、少しの疲労と、どうしようもない親密さだけだ。私は、自分が意外と方向音痴であることを白状し、友人はそれに呆れながらも、最後の一口のプリンを私に譲ってくれた。そういう、なんてことないやり取りに、この旅の正解が隠れているような気がする。

胃袋が満たされた後の、静かな領土

食べ終えた後の静寂は、重い。けれど、それは不快な重さではなく、心地よい毛布にくるまっているような感覚だ。部屋の隅で低く唸るエアコンの音だけが、ここが現代的なホテルであることを思い出させる。窓の外に広がる帯広の夜景は、遠くでまだ祭りの余韻が点滅しているけれど、この部屋の中だけは、完全に切り離された聖域のようだった。

ふと思う。私たちの関係は、もしかすると、都会の隙間にひっそりと根を張る野草のようなものかもしれない。コンクリートの硬い境界線を、時間をかけて、ゆっくりと、けれど確実に押し広げていく。目に見えない地下で、互いの根が絡まり合い、支え合っている。そんな、静かで、泥臭い、けれど強固な繋がり。ホテルという、誰にとっても同じ仕様の空間に身を置くことで、逆に、私たちだけの固有のリズムが浮き彫りになる。正解を出す必要もなく、ただそこにいていい。不器用なままで、方向音痴なままで、笑い合っていればいい。そんな感覚が、十勝の広い空の下で、心の中にゆっくりと浸透していく。

私は、読みかけの本を閉じて、天井の白い空白を見つめた。明日になればまた、それぞれの「正解」がある日常に戻る。けれど、この深夜の、誰にも邪魔されない静寂と、口の中に残ったわずかな甘みだけは、ずっと消えない周波数のように、私の中に残り続けるだろう。

半分だけ残ったぬるいお茶が、サイドテーブルで静かに揺れていた。

  • 帯広駅前のコンビニで買える、十勝産の濃厚なソフトクリームや乳製品スイーツ
  • 地元の酒屋で手に入れた、十勝ワインと少し贅沢なチーズの盛り合わせ