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帯がうまく結べなくて、みんなで笑った夜

帯がうまく結べなくて、みんなで笑った夜

JR函館駅の改札を抜けた瞬間、肺いっぱいに流れ込んできたのは、しっとりと湿った潮の香りと、夏の気配。私たちは「誰が一番先に迷うか」で賭けをしていたけれど、結果的に誰も負けなかった。ラ・ジェント・ステイ函館駅前は、歩いて1分という拍子抜けするほど近い場所にいたから。重いスーツケースがアスファルトを叩くガタガタという乾いた音が、旅の始まりを告げる心地よいリズムのように響いていた。


朝6時のレストラン「プレガロ」は、まだ心地よい眠気がまぶたに張り付いている時間。目の前に並んだ地元の旬の食材たちが、柔らかな朝日に照らされていた。特に、口の中でほどける魚の身の繊細な柔らかさと、芯まで温まる出汁の温度が絶妙だった。コーヒーの白い湯気が眼鏡を曇らせ、隣で友人が「この旅の正解は、とりあえず朝ごはんを全部完食することだよね」と、眠そうな声で呟いた。
夜、1階のバー「ソブリン」に足を踏み入れたとき、そこが船内をイメージした空間だとは気づかなかった。ただ、深い琥珀色のインテリアと、クリスタルグラスが触れ合う澄んだ音が、私たちを少しだけ「大人」な気分にさせた。けれど結局、私たちはカクテルの色について言い合ったり、誰の注文が一番個性的かという不毛な議論に花を咲かせたり。洗練された静寂に、私たちのくだらない笑い声が波紋のように溶け込んでいく。その不釣り合いなギャップが、なんだか誇らしかった。
「ねえ、この帯、どうやって結ぶの?」誰かが声を上げた瞬間、部屋の中は小さなパニックに陥った。浴衣のさらりとした生地が指にまとわりつき、右に回したつもりが左に行き、結局みんなでもつれ合う。誰かが誰かの背中を叩き、腹を抱えて笑い転げる。鏡に映った、着崩れた私たちの滑稽な姿。完璧に決めることよりも、この途方もない不器用さを共有していることの方が、ずっと贅沢な時間のように感じられた。
大浴場の天然温泉に身を浸すと、熱いお湯に包まれて皮膚の境界線が曖昧になる感覚がある。じわりと肩の強張りが解け、頭の芯まで温かな熱が浸透していく。それまでずっと喋り続けていた私たちが、ここでは不思議と黙っていた。静寂が心地いい。誰かが深くため息をついた音が、お湯の波紋のようにゆっくりと広がっていく。一人でいるのに、独りじゃない。そんな不思議な安心感に包まれていた。
トレイン&オーシャンビュールーム<宙船>の大きな窓から見下ろすと、函館駅のホームに滑り込む列車の鋭いライトが見えた。ベッドにダイブしたときの、シーツのパリッとした冷たさと、雲に包み込まれるような柔らかさ。窓の外に広がる夜景を眺めながら、私たちは明日どこへ行くか、あるいはどこへも行かずにここでダラダラするかを話し合った。この限られた空間が、私たちにとってはこの世で一番広い自由な場所だった。
遠くで花火が上がった。音よりも先に、胸の奥に小さな振動が届く。窓を開けると、夜風が白いカーテンをふわりと揺らし、火薬の匂いが微かに混じった涼しい空気が流れ込んできた。誰かが「あ、今の形、変だったね」と笑い、私たちはまた、くだらないことで盛り上がる。予定していた観光スポットの半分も回れなかったけれど、そんなことはどうでもいいと思えた。
チェックアウトの日、ロビーを出る前に振り返ると、そこには日常に戻る直前の、心地よい余韻だけが残っていた。誰かが忘れ物がないか確認し合い、またいつか、この不完全な旅を再現しようと約束する。ラ・ジェント・ステイ函館駅前での時間は、私たちにとって、ただの宿泊ではなく、お互いの「素」をさらけ出せる安全な港のような場所だったのかもしれない。

足元に転がる小さな石ころさえ、今は愛おしい。

  • バーの船内気分を味わいながら、一番「自分らしくない」カクテルを頼んでみて。
  • 浴衣に着替えて、あえて計画を全部捨てて、夜の街をあてもなく歩くのが正解。