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午前6時の湯気と、誰の記憶にもない言い合い

5年後の私たちへ。あの冬、函館の凍てつく空気の中で、ただ心地いい温度を探して笑い合っていたことを覚えているかな。完璧な計画なんてなくて、不器用だったけれど、今のあなたもきっと、あの温もりをどこかで欲しがっているはず。

5年後の記憶に深く刻まれている、四つの断片

針のような風と、琥珀色の静寂
JR函館駅からホテルまで歩く15分間、氷点下の風が鋭い針のように肌を刺し、私たちは「誰が一番先に限界を迎えるか」というくだらない賭けに興じていた。けれど、ラビスタ函館ベイの重厚な扉を開けた瞬間、外の喧騒はふっと消え、代わりに古い書物や磨かれた木材のような、落ち着いた琥珀色の香りが鼻をくすぐった。大正ロマンの香りが漂うクラシカルな空間に包まれ、急激な温度の変化に身体が緩んだあの瞬間、まるで深い森の中の隠れ家に辿り着いたような、絶対的な安全圏に守られた感覚が今も忘れられない。

湯気に溶ける、水彩画のような夜景
13階の露天風呂に身を委ねると、冷たい夜気と熱い湯の境界線で、肌が心地よく震えていた。お湯が静かに溢れる音を聞きながら眺める街の灯りは、立ち上る白い湯気に反射してプリズムのように揺らめき、はっきりとした夜景というよりは、輪郭が溶け出した水彩画のように幻想的だった。「なんだか視界がぼやけてるね」と誰かが小さく呟いたけれど、その曖昧さこそが、日常のしがらみをすべて脱ぎ捨てたあの夜の正解だったのだと思う。

海の宝石箱を囲む、賑やかな朝の儀式
豪華な海鮮丼を前にして、誰が一番贅沢に盛り付けられるか競い合った、あの静かな戦いの時間。皿の上に山盛りになったカニや、ぷちぷちと弾ける鮮やかなイクラの色彩に、「盛りすぎた」と突っ込み合いながら、口いっぱいに広がる濃厚な海の味が、冬の朝の眠い意識をゆっくりと、けれど確実に呼び覚ましてくれた。湯気の向こう側で交わした他愛ない会話と、贅沢な食材がもたらす幸福感が、心まで満たしてくれたことを覚えている。

厚い絨毯が吸い込む、深夜の密やかな時間
ゲストルームに戻ってからも、止まらないお喋り。オレンジ色の間接照明に照らされた部屋で、足元の厚い絨毯が歩くたびに足音を柔らかく吸い込んでいき、まるで世界に私たちだけが取り残されたような錯覚を抱かせた。深夜3時、ふと会話が途切れた時に聞こえてきたのは、遠くで鳴る冬の風の音だけ。その静寂が心地よくて、わざわざ言葉を探さなくても、ただ一緒にここにいていいのだという深い安心感に、私たちは静かに浸っていた。

五年後の封筒を開いたときに見えるもの

きっと、どの観光スポットを巡ったかとか、何時にどこへ移動したかという旅程の詳細は、記憶の底に静かに沈んでいるだろう。けれど、ロビーのベルベットの椅子のしっとりとした質感や、風呂上がりに喉を鳴らして飲んだ冷たい水の鋭い刺激だけは、鮮明に蘇るはずだ。計画通りにいかなかった空白の時間、道に迷って途方に暮れた瞬間。そんな「隙間」のような時間こそが、実はこの旅のメインディッシュだった。不完全だったからこそ、私たちはあんなに自然に、心から笑い合えたのだと思う。

白い吐息が、青い夜明けの空に静かに溶けていった。

  • 朝食の海鮮丼は、欲張らずに少しずつ色んな種類を試して、海の彩りを楽しんで。
  • 赤レンガ倉庫へ向かう道は足元が滑りやすいから、手を繋いでゆっくり歩くこと。