← 回到 函館國際飯店

指先が触れたとき、冬の匂いがした

鼻先をかすめる空気は、もう完全に冬の顔をしていた。マフラーのウールの少しチクチクする感触が、今の自分たちが間違いなくここにいることを教えてくれる。潮の香りが混じった冷たい風が頬を打ち、肺の奥まで凍りつかせるような鋭さがある。JR函館駅から函館国際ホテルまで歩くわずかな時間、アスファルトを転がるスーツケースの乾いた音が、静まり返った街に心地よいリズムを刻んでいた。隣を歩く君との間に、ちょうど手のひら一枚分くらいの隙間がある。その空白が、今の私たちにはとても大切で、心地よい温度を保つための必要な距離なのだという気がする。それはまるで、満ち引きを繰り返す潮のように、近づきすぎず、けれど決して離れすぎない絶妙な均衡だった。ロビーに足を踏み入れた瞬間、外の刺すような冷たさを塗り替えるような、柔らかな温もりと微かなアロマの香りに包まれた。チェックインを済ませて部屋に入り、そのままベッドに体を投げ出したときの、リネンのパリッとした冷たさと、その直後にやってくる体温の混じり合い。あそこにずっと寝そべっていたい、なんて口に出さずに思った。天然温泉展望大浴場で、湯船に身を沈める。肌を刺すような外気と、芯まで溶かすお湯の温度差に、強張っていた心までゆっくりと解けていく。窓の向こうに広がる函館の街並みが、立ち上る白い湯気に滲んで淡い光の粒に変わっていく。君が今どこにいるのかは見えないけれど、同じ温度の時間を共有しているという感覚だけが、静かに広がっていく。それは、秋の終わりの葉が、縁からゆっくりと丸まっていく様子に似ているのかもしれない。無理に離れようとするのではなく、ただ自然に、準備が整ったところから手放していく。そんな有機的な断片のような変化。私たちも、そんなふうに少しずつ、誰かに見せるために飾っていた部分を脱いでいけるのかもしれない。朝食のバイキングで、いくらを贅沢に盛り付けた海鮮丼を目の前にしたとき、君が「これ、宝石みたいだね」と小さく笑った。口の中で弾ける粒の塩気と、濃厚な海の香りが、眠っていた感覚を一つひとつ丁寧に呼び覚ましていく。あ、そういえば、さっき地図を逆さまに見て、全然違う方向に十分くらい歩き出したね。それに気づいたときの君の困惑した顔と、その後二人で声を上げて笑った瞬間、もともとあった小さな緊張感が、ふっと消えていった気がする。夜、スカイラウンジバーで、琥珀色のグラスを傾ける。氷がカランと鳴る音だけが、静寂に輪郭を与えていた。窓の外に広がる夜景は、誰が描いたのか分からないほど緻密で、けれどどこか寂しげな光を放っている。私たちは多くを語らなかったけれど、グラスを持つ指先が偶然触れたとき、心臓の鼓動が少しだけ速くなった。その速度こそが、今の私たちにとっての正解なのだと思う。誰かに決められた旅の正解なんてなくていい。ただ、この温度で、この距離で、お互いの気配を感じていられること。それだけで十分な気がする。部屋に戻り、再びあの白いシーツに潜り込むとき、外では冷たい雨が降り始めていた。窓ガラスを叩く雨音が、かえってこの部屋の中を世界で一番安全な場所のように感じさせた。乾燥した端からゆっくりと色を変えていく季節のように、私たちの関係も、急がず、ただそこに在るだけでいい。そんなふうに思える、静謐な夜だった。

  • 天然温泉展望大浴場から眺める街の灯りを、あえて言葉を交わさずに二人で眺めてみて。

  • 朝食のいくら丼を、自分たちだけの「最高の一杯」にする盛り付けを競い合って。