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濡れた靴下で笑い合った、あの静かな廊下

濡れた靴下で笑い合った、あの静かな廊下

誰が一番先に傘を忘れるか、駅に着く前にくだらない賭けをした。結果は、全員が忘れた。6月の七飯町は、私たちの緻密な計画を嘲笑うかのように、しとしとと、けれど執拗に雨を降らせていた。濡れた肩をすくめて歩くわずか5分間の道のり。足元の砂利が湿った音を立て、肺の奥まで冷たい空気が入り込む。けれど、その心地よい寒さと、互いの濡れた姿を見て笑い合った瞬間、この旅の正解は「計画通りにいかないこと」にあるのだと直感した。

予定調和を心地よく裏切った5つの記憶

庭に点在する、巨大な料理の器
函館大沼 鶴雅リゾート エプイの庭を歩けば、突如として巨大なボウル状のオブジェが視界に飛び込んでくる。雨が溜まり、静かに波紋を広げるその器を眺めて、「これ、誰が食べるの?」と真面目に議論を戦わせた。深い緑に囲まれた庭に、植物が盛り付けられた巨大なサラダが置かれているようで、なんだかお腹が空いてくる。雨粒が水面に落ちる規則的なリズムだけが、都会で忘れていた緩やかな時間を刻んでいた。

贅沢な虚無に浸る、スパ付きリビング
案内されたワーケーションルーム(スパリビング付きツインルーム)に足を踏み入れた瞬間、その圧倒的な空間の広さに言葉を失った。三人でいても余りすぎる空間に、自分の小さな咳払いが壁に跳ね返ってくる。温かな湯気が立ち込めるスパに身を委ねながら、「私たち、本当にこんな場所にいていい人間なんだろうか」と誰かがぽつりと呟いた。肌がふやけるまで浸かったお湯の温度は完璧で、何もしないことに罪悪感を抱くという、最高に贅沢な時間を過ごした。

紫陽花の青に導かれ、迷い込んだ森
雨に濡れていっそう鮮やかさを増した紫陽花を探して、私たちは森へと足を踏み入れた。視界の端で点滅するように輝く深い青色。しかし、頼りにしていた地図アプリは深い緑の天蓋に遮られ、方向音痴の友人が自信満々にリードした結果、私たちはさらに深い森の奥へと迷い込んだ。泥だらけになったスニーカーの重みと、湿った土の匂い。けれど、その途中で見つけた名もなき小さな白い花が、どのガイドブックに載っている絶景よりも鮮明に、私たちの心に刻まれた。

森の呼吸を味わう、正体不明の野菜
レストランで供されたのは、大沼の豊かな土壌が育んだ地元の食材たち。見たこともない形の野菜が口の中で弾け、不思議な甘みと大地の力強い香りが広がった。「土の味がする」とか「森をそのまま食べているみたい」とか、正解のない会話をワインと共に延々と続けた。グラスを持つ指先がわずかに震えていたのは、外気の冷たさのせいか、それとも日常から切り離された解放感による心地よい疲労のせいだったのだろうか。

オーディオルームで演じた、10分間の大人ごっこ
ラウンジにある重厚なオーディオルームに潜り込んだ。巨大なスピーカーから放たれる低音が、空気を物理的に震わせ、心臓の鼓動と同期する。静寂に耐えきれず、誰かがくだらない冗談を飛ばした瞬間、張り詰めていた空気が一気に緩んだ。大人の隠れ家という洗練された空間に、私たちが最後まで馴染めなかったのは、きっとお互いの情けない部分を知りすぎているからだ。リングライトで自撮りをしようとして、照明が強すぎて全員の顔が真っ白に飛び、同時に吹き出したあの笑い声は、今でも耳に残っている。

散らばった断片が、一つの物語になるまで

豪華な設備や洗練されたサービスは、確かにこの旅を彩る素晴らしいエッセンスだった。けれど、記憶の底に深く沈殿しているのは、雨に濡れて不機嫌そうに歩いた友人の背中や、スパの白い湯気で視界がぼやけていたあの瞬間、そして深夜の廊下を忍び足で移動したときの、子供のような緊張感だ。バラバラな個性が一つの空間に押し込められたことで生まれた不協和音。それがいつの間にか、大沼の静かな湖面のように穏やかで心地よいリズムに変わっていた。私たちは、完璧な旅を完遂したかったのではなく、ただ一緒に迷子になり、一緒に笑いたかっただけなのだと思う。

雨に濡れた庭に、ぽつんと灯る琥珀色の明かりが、たまらなく温かかった。

  • 6月の雨を想定して、予備の靴下を多めに持っていくこと。泥だらけになっても笑い合えるから。
  • オーディオルームでは、あえて言葉を捨て、音が空気を震わせる感覚だけを共有してみて。