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湯気に溶けて消えた、くだらない言い争い

湯気に溶けて消えた、くだらない言い争い

「誰が一番先に悲鳴を上げるか」という賭け

「いい? 賭けてもいいけど、あいつ絶対、外気に触れた瞬間に『無理!』って悲鳴上げるよ」
「誰がだよ! 私は耐えられるし。そもそも、このくらいの寒さ、想定内だって」
「はいはい。さっきから歯がガチガチ鳴ってるけど? 振動で地面が揺れてる気がするんだけど」
「これは、そういうリズムなんだよ。冬のBGMみたいなもん!」
「無理があるだろ!」

私たちは、寒さという共通の敵を前にして、誰が一番情けない顔をするか競い合っていた。1月の北海道、上川町。車を降りた瞬間に肺の奥まで凍りつくような冷気が押し寄せてきて、言葉を出すたびに濃い白い煙が舞う。それがなんだか可笑しくて、私たちは互いの赤くなった鼻先を指差して笑い転げていた。誰かが「やっぱり無理!」と叫ぶまで、あと数分。そんなくだらない期待を胸に、雪を踏みしめるキュッキュという乾いた音をリズムに変えて、私たちは宿へと足を進めた。

静寂と喧騒が溶け合う、白銀の隠れ家

家族混浴できる大露天風呂の宿 層雲峡観光ホテルに足を踏み入れたとき、まず鼻をくすぐったのは、古い木材の香りと微かなお香が混ざり合った、どこか懐かしく静かな匂いだった。別館「四季」の部屋に入り、畳の上に荷物を置く。畳の感触は冬の冷たさを深く吸い込んでいて、裸足で歩くと足の裏からじわじわと体温が奪われていくのがわかる。けれど、その冷たさは外の刺すような寒さとは違い、心地よい静寂を伴っていた。窓の外には、層雲峡が描き出す白と黒だけの世界が広がっている。切り立った断崖絶壁が、雪の重みに耐えながら静かに佇むその風景を眺めていると、自分がとても小さな存在になったような気がして、不思議と心地よい解放感に包まれた。

ディナービュッフェの会場へ向かうと、そこには昼間の静寂とは対照的な、生命力に満ちた音が響いていた。ライブキッチンでステーキが焼ける激しい音。肉が焼ける香ばしい匂いが、空腹という本能を無理やり引きずり出す。皿に盛り付けた手作りソーセージの弾力、口の中で弾ける肉汁の熱さ。私たちは、誰が一番皿を山盛りにできるかという、大人になっても卒業できない幼稚な勝負に興じていた。隣で誰かが「盛りすぎだろ」と笑いながらツッコミを入れる。そんな些細なやり取りこそが、この旅の正解なのだと感じさせてくれる。

そして、この宿の真骨頂である「宇旅璃」へ。200坪という圧倒的な敷地面積を持つ大露天風呂は、もはやお風呂というより、温かい海に飛び込んだような感覚に近い。湯衣を纏った私たちは、お互いの姿がまるで大きなマシュマロの集団に見えて、またしても笑いが止まらなくなった。湯衣の生地が肌に触れる少しざらついた質感と、それとは対照的な、お湯のしっとりとした重み。水面に浮かぶ湯気が、私たちの輪郭を曖昧にしていく。石狩川の低い唸るような音がBGMとなり、空からは静かに、けれど絶え間なく雪が降り積もっていた。肌を刺す冷たい空気と、芯から温めるお湯の温度差。その境界線に身を置いているとき、私たちはただ、そこに存在することだけを許されていた。

湯気のベールに隠した、本当のこと

「……まあ、ここに来て正解だったかもね」
「急にいい顔して、気持ち悪いな。さっきまで『寒すぎて死ぬ』って泣いてたのは誰だっけ?」
「うるさいな。この温度、ちょうどいいし。なんか、全部リセットされる感じがする」
「……まあ、そうかもね。私も、ちょっとだけ正解だったと思ってる」

湯気に包まれて、視界がぼやける。昼間の喧騒が嘘のように、ただお湯の温かさと、隣に誰かがいるという確信だけが残っている。誰が一番情けない顔をするか競い合っていたはずなのに、いつの間にか、そんなことはどうでもよくなっていた。石狩川の流れが、私たちの間の沈黙を穏やかに埋めていく。普段なら恥ずかしくて口にできないような、少しだけ素直な言葉が、この白い霧の中なら、滑り込むように伝えられる。私たちは、互いの視線を避けたまま、ただじっと、夜の闇に溶け込む雪を眺めていた。

肩に降り積もったひとひらの雪が、体温で静かに消えていった。

  • 湯衣を借りて、あえて全力で「マシュマロ状態」になり、互いの滑稽な姿を写真に収めること。
  • 早朝の石狩川の音を、何も話さずに5分間だけ聴いてみる時間を、誰かと共有すること。