← 回到 心之度假村 海之別邸 古川

湯気の中で、誰かが小さく笑った

湯気の中で、誰かが小さく笑った

湯気に溶ける、家族の賑やかな朝

炊き立てのご飯が放つ、甘く白い湯気の匂い。それが鼻腔をくすぐったとき、ようやく意識がゆっくりと覚醒していく。心のリゾート海の別邸ふる川の朝食会場は、外の刺すような冷たい空気とは対照的に、どこか懐かしく包み込むような温度に満ちていた。上の子はもう、北海道産の濃厚な牛乳を大きなグラスで豪快に飲み干し、下の子は味噌汁の中を泳ぐわかめを箸で追いかけっこさせている。結果として、テーブルの上に小さな味噌汁のしずくが宝石のように飛び散ったけれど、誰もそれを怒らなかった。「いいよ、後で拭けば」と心の中で呟きながら、私はその光景を眺めていた。窓の外には、11月の鈍色に染まった太平洋がどこまでも広がっている。波が岸壁にぶつかる低い地鳴りのような音が、遠くで一定のリズムを刻んでいた。その音をBGMに、香ばしく焼き上がった魚を口に運ぶ。皮目のパリッとした食感と、じんわりと広がる塩気が身体の芯まで熱を浸透させていく。家族旅行というものは、静寂を完璧に楽しむことではなく、こういう小さくて騒々しい断片を共有することなのだろう。目の前で口の周りを牛乳で白くした子供の誇らしげな顔を見て、この不完全な朝の風景こそが、いつか一番に思い出す景色になるのだと確信した。

潮風に舞う、不器用な冬の味

頬を打つ風が、鋭い指先のように冷たい。白老の街を歩いていると、11月の空気はもう冬の入り口にしっかりと立っていることが分かる。道端で見つけた地元の小さな売店で買った、蒸したてのジャガイモ。アルミホイルから漏れ出す熱が、かじかんだ指先に心地よい刺激を与えてくれた。下の子が「熱い!」と叫びながらジャガイモを転がし、それが不意に地面へ転がり落ちる。慌てて拾い上げたけれど、泥がついたジャガイモをそのまま口に運ぼうとする子供の無邪気さに、私は思わず小さく笑ってしまった。そのとき、一緒に持っていたナプキンが強い風にさらわれ、白い鳥のように空へ舞い上がる。それを追いかけて家族全員で走った数分間。誰が一番に捕まえるかという、何の得もないけれど真剣な競争。途中で施設にある足湯を見つけ、下の子が「これ、大きすぎるお茶のカップだね」と真顔で呟いた。その突飛な視点に、張り詰めていた肩の力がふっと抜ける。豪華なコース料理よりも、こういう予定にない混乱と、冷たい風の中で分かち合ったホクホクとした芋の味が、旅の輪郭を鮮明に描き出してくれる。正解の旅なんてない。ただ、一緒に笑いながら風に煽られている、その事実だけが何よりも心地よかった。

紺青の夜に、静かに分かち合う果実

肌に触れる浴衣の、少しざらついた綿の質感。温泉で芯まで温まった後、家族で布団に潜り込む。子供たちは、心地よい温度と心地よい疲労感に誘われて、あっという間に深い眠りに落ちていた。部屋を照らす間接照明が、壁に柔らかな琥珀色の影を落としている。心のリゾート海の別邸ふる川の客室からは、遮るもののない夜の海が見えた。太平洋は深い紺色に染まり、時折白い波頭が月光を受けて静かに光っている。子供たちの規則正しい寝息と、遠くで鳴り続ける波の音。その二つの音が重なり合って、部屋の中に心地よい空白を作っていた。夫と二人で、冷蔵庫から取り出した冷たい果物をつまむ。甘酸っぱい果汁が口の中に広がり、一日の心地よい疲れがゆっくりと溶けていく。肩にのしかかる布団の温かさ。それは物理的な重みだけではなく、大切な誰かと一緒にここにいるという絶対的な安心感だった。寂しさは消えるものではなく、ただ形を変えて、心地よい静寂になる。明日になればまた、子供たちの賑やかな声でこの静寂は塗り替えられるだろう。でも、今のこの凪のような時間が、何よりも贅沢に感じられた。私たちはただ、そこに在ることを許されていた。

波の音を子守唄に、心まで深く満たされて眠る。

  • 白老牛の芳醇な香りと贅沢な味わいを、ぜひ心ゆくまでご堪能ください。
  • 露天風呂から、11月の静謐な海と夜空に浮かぶ月を眺める時間を。