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絨毯に吸い込まれた、誰かの笑い声

絨毯に吸い込まれた、誰かの笑い声

誰が予約したのか、誰も覚えていない旅の始まり

頬を刺すような、湿り気を帯びた三月の風。帯広駅に降り立った瞬間、私たちは同時に身震いした。「ここ、本当に春になるの?」という誰かの呟きが、白い息となって冷たい空気に溶けていく。森のスパリゾート 北海道ホテルに辿り着いたとき、私たちの足元では、重すぎるスーツケースのキャスターがガタガタと不機嫌な音を立てていた。けれど、それがロビーの厚い絨毯に触れた瞬間、喧騒はふっと消え、代わりに温かな木の香りと誰かの堪えきれない笑い声が空間に広がった。チェックインの手続きをしながら、誰がどのプランを予約したのか、あるいは誰が日程を間違えたのか。そんな些細な混乱さえも、この場所の静かな空気に心地よく滲んでいった。

このホテルが私たちに教えてくれた、いくつかの不確かなこと

「正解」よりも「心地よさ」の優先順位
分刻みのスケジュールを組んできたはずなのに、プレミアム・スパスイートの柔らかなリネンに触れた瞬間、全員が吸い込まれるようにベッドへ倒れ込んだ。完璧な観光ルートを回ることよりも、完璧な昼寝をすることの方が人生にとって価値があることを、この深い眠りが教えてくれた。

茶褐色の湯が塗り替える、心の輪郭
モール温泉の、あの濃密な茶褐色の湯。肌にまとわりつくようなとろみのある質感に身を任せていると、都会で張り詰めていた「ちゃんとした自分」という薄い膜が、ゆっくりと溶け出して消えていく。私たちはただ黙って、自分と他人の境界線が曖昧になる感覚に浸っていた。

十勝の味が、思考を止めてくれること
朝食で出会った地元の乳製品の、暴力的なまでの濃厚な甘み。口いっぱいに広がるミルクのコクに、昨日の些細な言い争いなんてどうでもよくなった。美味しいものを食べているとき、人は誰しもただの「食べる生き物」に戻る。その単純さが、何よりも心地よかった。

サウナ後の「ととのい」は、静寂の共有であること
サウナで限界まで熱を浴び、冷たい水に飛び込んだ後の静寂。隣にいる友人が自分と同じリズムで深く呼吸していることに気づいたとき、言葉を交わさずともいま私たちは同じ周波数にいるという確信が、最高の贅沢に感じられた。

リストの外側にあった、本当の目的地

実は、今回の旅の目玉は「桜の開花予想」を追いかけることだった。けれど、三月の帯広はまだ冬の顔をしていて、桜なんてどこにも見当たらなかった。結果的に、私たちの計画は完全に失敗したことになる。でも、その「失敗」があったからこそ、私たちはホテルのラウンジで、予定になかった長い時間を過ごすことになった。窓の外に広がる百年の森に、淡い光が差し込む様子を眺めながら、とりとめもない話をしたり、途中で飽きて静かに本を読んだり。誰かが「結局、何も見つからなかったね」と笑ったとき、私たちはみんな、それが今回の旅で一番いい時間だったと感じていた。計画通りに進むことよりも、予定が崩れたあとの空白をどう愛するか。その不確実さこそが、旅の醍醐味なのだと気づかされた。

窓の外で、小さな鳥がひとつの枝から別の枝へ、軽やかに飛び移った。

  • モール温泉の後は、あえて時間をかけてゆっくりと水分を摂り、そのまま深い眠りに落ちてほしい。
  • 朝食の地元野菜は、ぜひ素材そのままの味を意識して、ゆっくりと味わってほしい。