← 回到 祝之宿 登別格蘭飯店

硫黄の匂いと、子供のねばついた指先

硫黄の風が誘う、紅葉の迷宮

十月の登別は、空気がひんやりと澄み渡り、鼻の奥にツンと刺激的な硫黄の香りが入り込んでくる。気温は十二度ほどだったろうか。厚手のジャケットの襟を立てても、隙間から忍び寄る冷気が肌を刺し、冬の足音がすぐそこまで来ていることを教えてくれる。隣を歩く次男が「ねえ、ここ卵が腐ったみたいな匂いがする!」と大声で笑い、長男は「それは温泉の匂いだよ」と、どこか誇らしげに、大人の顔をして教え込んでいる。道端の紅葉は、誰が筆で塗ったのかと思うほどに鮮烈な赤に染まり、視界の端々を激しく彩っていた。燃えるような楓の葉が、風に舞って肩に触れる。子供たちの不揃いな歩幅に、私の計画していた分刻みのスケジュールはとうに崩れ去っていたが、ふと気づけば、そのバラバラなリズムこそが、今の私たちにとって最も心地よい音楽のように感じられた。足元の砂利がジャリジャリと乾いた音を立て、時折吹く冷たい風が、家族それぞれの体温を優しくかき混ぜていた。

境界線を越え、温もりの繭へ

祝いの宿 登別グランドホテルの自動ドアが開いた瞬間、外の刺すような冷気と、館内のしっとりとした温もりが鮮やかに、そして劇的に入れ替わる。その境界線に立ったとき、張り詰めていた肩の力がふっと抜けるのがわかった。ロビーに漂うのは、どこか懐かしい杉や檜のような木の香りと、静謐に流れる空気。外ではあんなに騒いでいた子供たちが、高い天井と重厚な内装に圧倒されたのか、急に「ここ、本当にお城みたいだね」と声を潜める。絨毯に吸い込まれていく足音だけが心地よく響き、チェックインの手続きを待つ間、凍えていた指先がじわじわと解けていく。ここは単なる宿泊施設ではなく、外の世界の喧騒や緊張から私たちを優しく切り離してくれる、心地よい緩衝地帯、あるいは温かな繭のような場所なのだ。

畳の上の王国と、溶け合う心

部屋に入った瞬間、そこはもう私たち家族だけの「城」になった。子供たちは畳の上にダイブし、誰が一番遠くまで転がれるかを競い始めている。私はもこもことした厚手の浴衣に袖を通した。布地の少しざらついた、けれど安心感のある感触が、旅の疲れを抱えた肌に心地いい。旅の疲れというのは、実は身体的な疲労よりも、誰かのペースに合わせようとする精神的な緊張のせいかもしれない。それはまるで、水に溶ける前の粗い塩の結晶のように、心の中に尖った角がいくつもできている状態だ。

けれど、この宿で過ごす時間は、その結晶をゆっくりと、確実に溶かしてくれる。レストランのビュッフェに並んだ北海道産ジャガイモの濃厚なバターの香りや、目の前で焼かれるステーキが弾けるジューシーな音。次男が口の周りをソースだらけにしながら「おいしい!」と叫び、長男がそれを呆れた顔で見つめている。そんな光景を眺めながら、私は温かいスープを一口すする。喉を通る熱が、胃のあたりからゆっくりと全身に広がり、強張っていた心まで解きほぐしていく。そして、名物の温泉へ。お湯に身を沈めたとき、肌を包み込む圧倒的な熱量と、とろりとした湯の質感に、心の中の尖った角が音もなく消えていくのがわかった。誰が正しいか、誰が我慢するか、そんなことはどうでもよくなり、ただ「今、温かい」ということだけが唯一の正解になる。子供たちがバシャバシャと跳ね上げる飛沫さえも、今は心地よいリズムとして受け入れられた。

窓の外に広がる、静寂の境界線

深夜、子供たちが深い眠りに落ちた後、一人で窓の外を眺める。十月の夜の登別は、深い紺色に包まれていた。昼間のあの鮮やかな紅葉も、今は闇に溶け込み、ぼんやりとした輪郭だけが残っている。部屋の中には、暖房の心地よい唸りと、子供たちの規則正しい寝息だけが静かに響いている。外の冷たく厳しい世界と、この部屋の絶対的なぬくもり。その鮮やかな対比が、今ここにいることの安心感をより深く、確かなものにしてくれる。

完璧な家族旅行なんて、きっとどこにもない。道中で喧嘩をしたし、方向を間違えて迷ったし、予定はめちゃくちゃだった。けれど、その不完全なピースが不器用に組み合わさった結果、この静かな夜がある。欠けている部分があるからこそ、そこに誰かの温もりが入り込む隙間ができる。そんな気がして、私は子供たちの寝顔にそっと視線を落とし、ゆっくりと目を閉じた。

ぬくもりの残る、小さな手のひらの感触。

  • 子供と一緒にビュッフェを楽しむなら、あえて時間をずらして、ゆったりと北海道の味を堪能するのがおすすめ。
  • 温泉上がりには、冷たい牛乳を用意して、家族で畳の上にごろりと横たわる時間を大切にしてみて。