← 回到 伊香保格蘭飯店

廊下に響いた、濡れた足跡の音

廊下に響いた、濡れた足跡の音

絨毯に深く沈み込む、ぺたぺたという濡れた足音。お風呂上がりで、誰が止める間もなく廊下を駆け出した下の子の足跡が、点々と白い地図のように広がっていた。「ちょっと、走らないで!」と口では言いながらも、私の心は心地よく緩んでいた。予定していたスケジュール表が、子供の突発的な好奇心によって鮮やかに書き換えられていく。私たちはそんな「計画外の心地よさ」を分かち合うために、五月の新緑が眩しい伊香保グランドホテルへやってきた。

私たちの旅は、最短距離を結ぶ直線ではなく、あちこちで絡まり合いながら、けれど力強く伸びていく藤の蔓に似ている気がする。効率や正解を求めるのではなく、ただ一緒にいることで生まれる、少し不格好で、けれど強固な結びつき。そんな温かな空気感が、このホテルの和モダンな空間に静かに溶け込んでいた。早朝の空気はまだひんやりとしていて、肌を撫でる風が、冬の間に凝り固まった肩の強張りをゆっくりと解いていく。私たちはここで、ただ「家族であること」を、深い呼吸をするように自然に受け入れていた。

家族の記憶に触れた五つの断片

黄金の湯 —— 蜂蜜を薄めたような、濃密で温かい色。肌にまとわりつくような柔らかな質感があり、湯船に浸かった瞬間、指先の先まで体温がじわじわと戻ってくる感覚があった。下の子が一番に気づいて、「オレンジジュースみたい!」と大はしゃぎして、お湯を跳ね飛ばしていた。

和ベッドの弾力 —— 畳のい草が放つ清々しい香りと、パリッと乾いた白いリネンの冷たさが同居している不思議な場所。和ベッドルームならではの適度な弾力に、上の子が気づいた瞬間からそこはリビングではなく「ジャンプ競技場」に変わり、私たちはあきらめて一緒に飛び込んだ。背中から伝わる畳の確かな硬さが、妙に安心感を与えてくれた。

ビュッフェの賑わい —— 醤油の香ばしい匂いと、地元の野菜が放つ瑞々しい色彩。あちこちで食器が触れ合うカチャカチャという音が心地よいリズムになり、賑やかな食卓を彩っていた。お父さんが一番にデザートコーナーのケーキに目を輝かせ、子供たちと「どっちが先に取るか」という静かな競争を始めていた。

五月の薫風 —— 窓を開けた瞬間に流れ込んできた、湿り気を帯びた土と、咲き始めたバラの濃厚な香り。紫色の藤の花が、重たいカーテンのようにしだれている景色を眺めていると、肺の奥まで洗われるような気がした。お母さんがふと足を止め、深く息を吸い込んで、ただ静かに微笑んでいた。

脱ぎ捨てられた浴衣 —— ざらりとした綿の質感と、子供には少し大きすぎる袖。チェックアウト直前の部屋の隅に、脱ぎ捨てられた小さな浴衣が、まるで脱皮した後の殻のように丸まっていた。それに気づいたとき、私たちは同時に笑い合い、この騒がしい旅が終わってしまうことに、少しだけ寂しさを感じた。

車の中でぐっすりと眠る子供の、小さな手のひらが私の袖をぎゅっと握っていた。

  • 家族が起き出す前の早朝、半露天風呂で一人だけ静かに新緑の空気を吸い込む時間は、親にとって最高の贅沢になるはず。
  • 石段街へは少し早めの時間に向かうのがおすすめ。朝の光が石畳に落ちる様子は、写真よりもずっと記憶に深く刻まれる。