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冷たい吐息が湯気に溶けるまで

冷たい吐息が湯気に溶けるまで

悴んだ指先と、誰が先に凍えるかの賭け

渋川駅に降り立った瞬間、肺の奥まで凍りつくような冷気が、遠慮なくコートの隙間から入り込んできた。2月の群馬は、空気が乾燥していて、どこか鋭利な刃物のような質感を持っている。スマホの画面を操作しようとしても、指先が冷え切っていて反応が鈍い。もどかしさに、誰かが「ねえ、誰が一番先に限界が来て、コンビニのカイロを買いに走るか賭けない?」なんて言い出した。結局、駅を出て5分もしないうちに、3人同時に「無理」と声を上げたけれど、その情けないタイミングが完璧に揃っていたことに、私たちは同時に吹き出した。吐き出した白い息が、冬の低い空に幾重にも重なって、まるで誰かがそこに書き残したメモのように、しばらくの間だけ空中に留まっていた気がする。


石段街の迷路で、予定を脱ぎ捨てる

お宿 玉樹へ向かう道すがら、私たちはあえて地図を閉じた。伊香保の石段街は、歩くたびに足裏に伝わる石の硬さが微妙に違う。ある場所では滑らかで、ある場所ではざらついていて、その不規則なリズムが、心地よいパーカッションのように聞こえた。梅まつりの時期ということもあって、ところどころに梅の花が、冷たい空気の中で凛と咲いている。その香りは、単に「いい匂い」というより、鼻腔をツンと刺激する鋭い甘さがあって、眠っていた感覚が強制的に呼び起こされる感じだった。途中で迷い込んだ細い路地で、古びた看板を掲げた小さなお店を見つけた。店主の人が静かにこちらを見ていて、私たちはなんとなく気恥ずかしくなって、早足で通り過ぎた。でも、その時の「正解のルートから外れた」という小さな高揚感こそが、この旅の本当の目的だったのかもしれない。誰かが「あっちの方が近道だったはず」と呟いたけれど、誰もそれを訂正しようとはしなかったし、というか、誰も気にしていないのが私たちらしいところだ。


畳のフィルターが、心のノイズを消していく

ようやく辿り着いた「伊香保温泉 お宿 玉樹」の玄関をくぐった瞬間、外の鋭利な冷気が、嘘のように消えた。まず鼻をくすぐったのは、青畳の、あの懐かしいい草の香りだ。この旅館の最大の特徴である全館畳廊下。そこに足を踏み入れた瞬間、私たちの会話のトーンが、自然と一段階下がったことに気づく。硬い石畳の上で響いていた高い声や、誰かが誰かを揶揄う鋭い笑い声が、畳の繊維に吸い込まれていく。まるで、オーディオのローパスフィルターをかけたみたいに、高周波なノイズが削ぎ落とされて、心地よい低域の響きだけが残る感覚。誰がどの部屋を陣取るかで少しだけ言い争ったけれど、その声さえも、この空間に溶け込んで柔らかくなっていた。

部屋に入り、まずは裸足で畳の感触を確かめる。冬の冷たい外気から解放されて、じわじわと体温が戻ってくる感覚。そして、待ちに待った温泉。黄金の湯に体を沈めたとき、肌にまとわりつくお湯の質感は、まるで濃いめの紅茶に浸かっているみたいに、どこか濃厚で、重みがあった。私たちは、誰が一番長くお湯に耐えられるかという、大人のすることとは思えない賭けを始めた。熱さに顔をしかめながら、「この温度、実はちょうどいい気がしない?」と誰かが言い、次の瞬間には「嘘つけ、熱すぎるだろ!」と叫び声が上がる。でも、その叫び声さえも、湯気に包まれてどこか遠くへ消えていった。お風呂上がりに、冷えた地酒を一口。喉を焼くアルコールの熱さと、肌をなでる夜風の冷たさ。そのコントラストが、今自分がここにいるという事実を、鮮明に刻み込んでくれた。布団に入り、天井を見上げていると、外の静寂が部屋の中にまで染み込んでくる。明日になればまた、騒がしい日常に戻るけれど、この畳の廊下でフィルターにかけられた静かな時間だけは、ずっと心の中に低周波の振動として残り続けるだろうな、と感じた。


湯上がりの肌に、冬の夜風が心地よく突き刺さる。
  • 石段街の路地裏で、あえて地図を無視して歩いてみる。
  • 黄金の湯に浸かった後、地酒スタンドで自分だけの一杯をゆっくり選ぶ。