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浴衣の裾を引いて歩く、小さな足音

喧騒さえも心地よい、家族の「余白」を求めて、なぜここへ来るのか?

3月の黒部。車を降りた瞬間、肺の奥まで突き刺さるような鋭い冷気に、思わず肩をすくめる。鼻先がツンとする冬の終わりの温度感。ロビーに足を踏み入れると、しっとりとした雨の匂いと、どこか懐かしい畳の香りが混ざり合い、旅の緊張感を優しく解きほぐしていく。大江戸温泉物語Premium 伊香保の絨毯は驚くほど厚みがあり、子どもたちが全力で駆け回っても、その騒がしさを静かに飲み込んでくれる。家族で泊まる和洋室の広々とした空間は、まるで都会の喧騒という重いコートを脱ぎ捨てるための、心地よい脱衣所のようだ。

正直に言えば、家族旅行とは常に緻密な「作戦」の連続だ。誰かが泣き出し、誰かがわがままを言い、大人はそれをなだめる。そんな兵慌てな時間を、優雅な休暇と呼ぶには無理がある。けれど、この空間は、その「乱雑さ」を丸ごと許容してくれる緩衝材のような気がする。誰かが大声で笑っても、誰かが廊下で転んでも、それが風景の一部として自然に溶け込んでいく。「完璧な親でいよう」とする張り詰めた緊張感が、温かいおしぼりの温度とともに、ゆっくりと心から溶け出していく感覚。ここでは、ただ「一緒にいること」の不器用さを、そのままにしておいていい。そんな絶対的な安心感こそが、何よりの贅沢なのだと思う。

子どもたちの瞳に映った、未知なる「黒」への挑戦と小さな冒険とは?

バイキング会場は、まさに五感を刺激する美食の迷宮だ。あちこちで食器が触れ合う軽やかな金属音がリズムを刻み、真っ白な湯気が幻想的に舞い上がっている。長男が「見て!黒いラーメンがある!」と歓声を上げたとき、周囲に視線が集まったが、誰もそれを咎めない。富山ならではのブラックラーメン。その漆黒のスープに、次男は最初、警戒心たっぷりに眉をひそめていた。「本当に食べて大丈夫なの?」という不安げな呟き。けれど、一口すすった瞬間のあの顔。驚きと納得が混ざり合った、なんとも言えない表情に、私たちは思わず笑い合った。

皿の上に山盛りになった黄金色の天ぷらや、宝石のように色とりどりのケーキ。キッズパークで遊び疲れた彼らにとって、この食事は単なる栄養補給ではなく、未知の色彩への挑戦だった。ふいに、次男が大人のサイズすぎるスリッパを履いて、ペンギンのようにパタパタと歩き出した。その不格好な姿に、隣にいた見知らぬ家族が小さく笑い、私たちもつられて笑う。そんな、計画書には決して書いていない、名もなき瞬間。豪華な設備があることよりも、こうした「ちょっとした失敗」が笑いに変わる空気感こそが、子どもたちの記憶に深く刻まれるのではないか。彼らは、豪華な部屋の設えよりも、自分の皿にどれだけ高いケーキの塔を築けるかという、小さな冒険に夢中だった。

旅路の果てに、心に深く刻まれるのはどんな景色だろうか?

露天風呂付き部屋の湯船に身を委ねると、肌にまとわりつくような重厚な湯の温度が、体の中の強張りをゆっくりと水に溶かし出していく。3月の冷たい外気と、熱い湯船の境界線。そこに身を浸していると、心まで温まり、思考が凪いでいくのがわかる。ふと顔を上げると、窓の外には銀色の糸のように細く、けれど力強く流れる黒部川が見えた。霧が川面に低く垂れ込め、世界が心地よく狭まったような、静かな心地よさがある。

子どもたちと一緒に湯船に浸かり、とりとめもない話をしながら、ただお湯の流れる音に耳を澄ませる。日常では、つい「早くしなさい」と急かしてしまうけれど、ここではその言葉さえも、白い湯気に紛れて消えてしまう。浴衣の生地が肌に触れる、少しざらりとした素朴な感触。その心地よさに包まれて、私たちは家族というチームが持つ、心地よい不協和音をそのまま受け入れられるようになった気がする。正解のない旅。予定通りにいかない時間。けれど、その隙間にこそ、本当の親密さが入り込む場所がある。チェックアウトの際、次男が「また黒いラーメン食べたい」と呟いた。その単純で純粋な欲求こそが、この旅が成功だったという、一番確かな証拠なのだろう。

濡れた髪を乾かしながら、窓の外に広がる淡い春の光を静かに眺めていた。

  • 3月の黒部は冷え込むため、子ども向けに厚手の靴下や羽織ものを多めに持参することをお勧めします。
  • バイキングのブラックラーメンは、あらかじめ「黒い魔法のスープだよ」と伝えておくと、子どもも興味津々で楽しめます。