アイロンがけされたばかりの浴衣の、少し硬い布の感触。かすかに漂う糊の香りが、旅の始まりを告げている。老二が帯の結び方を不思議そうに眺めていて、結局うまく結べないまま、ぶかぶかの裾を何度も踏んづけて歩いている。そのたびに「あ!」と小さく声を上げる。大人が思う『優雅な旅館の風景』とは程遠いけれど、その不器用な足取りこそが、私たちにとっての心地よい旅の合図だったのかもしれない。
指先に触れるお湯は、見た目通りに濃い黄金色をしていた。岸権旅館の黄金の湯に身体を沈めると、熱さがすぐにやってくるのではなく、ゆっくりと、時間をかけて芯の方へ染み込んでいく。白い湯気に包まれ、強張っていた肌がじんわりと解けていく感覚。その時間的なラグが、たまらなく心地よい。老大が「お湯が金色の魔法みたいだ」と呟き、水面をパシャパシャと叩く。跳ねたしずくが頬に当たったとき、冬の冷たい空気との温度差に、ふっと肩の力が抜けるのがわかった。
石段街を歩くとき、耳に届くのは乾いた下駄の音。カラン、コロンというリズムが、家族それぞれの歩幅でバラバラに響いている。冷たく澄んだ空気が鼻腔をくすぐり、冬の伊香保特有の静謐な香りがした。老二は途中で道端の小さな石に夢中になり、老大は階段の上の景色に目を輝かせている。誰一人として同じ方向を見ていないけれど、不思議と心地いい。誰かに合わせるのではなく、それぞれが自分のリズムで歩いていても、振り返れば必ずそこに誰かがいる。そういう距離感が、今の私たちにはちょうどいい気がする。
夕食に出た地元の根菜の、土の香りが残る深い甘み。口の中でゆっくりとほどけるその味が、冬の群馬という土地の輪郭を教えてくれる。湯気が立ち上る料理を囲み、心まで温かく解きほぐされていく。老二が「このお野菜、お砂糖入ってるの?」と聞き、みんなで顔を見合わせて笑った。豪華な品数よりも、その一口の驚きの方がずっと記憶に残る。美味しいものを一緒に食べるという単純なことが、こんなにも身体を温めてくれるなんて、思いもしなかった。
展望和モダンな客室の窓の外に広がる赤城山の稜線が、群青色の夜に溶け込んでいく。12月の澄んだ空気のせいか、遠くの街の灯りが、誰かが灯した小さなキャンドルのように点滅して見えた。部屋の明かりを少し落とすと、畳の上に影が柔らかく伸びて、空間に奥行きが生まれる。特別なことは何も起きていないけれど、ただそこに一緒にいるという事実が、静かな充足感となって胸のあたりに溜まっていく。
ビーシー工房の椅子に深く腰掛けたとき、身体の重みがそのまま受け止められる感覚があった。木材のずっしりとした重厚感と、指先に触れる滑らかな質感。老二がその椅子で小さくなって本を読み、老大が隣でぼんやりと外を眺めている。家具の一つひとつに誰かのこだわりが宿っている場所で、私たちはただ、自分たちの時間を贅沢に浪費する。効率とか正解とか、そういうものはこの部屋の扉の外に置いてきたはずだ。
布団に入ったあと、部屋に満ちたのは、心地よい疲労感と静寂。子供たちの規則正しい寝息が聞こえ始め、ようやく一日の輪郭がはっきりしてくる。旅というものは、予定通りにいかないことの連続だ。でも、そのズレや混乱こそが、後から振り返ったときに一番鮮やかな色をしている。明日になればまた、裾を踏んづけて歩く日常が始まるけれど、今はただ、この温もりのなかに浸っていたいという気がする。
布団の端を握る子供の小さな手の、確かな温度。
- 石段街を歩くときは、あえて時間を決めずに、子供が見つけた「小さな発見」に付き合ってみるのがおすすめ。
- 黄金の湯に浸かった後は、家族でゆっくりと温かい飲み物を飲みながら、今日一番笑った出来事を話し合って。