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小さな指に溶けた、冬のアイスクリーム

小さな指に溶けた、冬のアイスクリーム

視線の高さは、お菓子の国の入り口

車のドアを開けた瞬間、冬の鋭い冷気と混ざり合った、どこか懐かしく濃厚なバニラの香りが鼻腔をくすぐった。笛吹市の澄んだ空気に包まれ、シャトレーゼホテル 石和に足を踏み入れたとき、下の子は私の手をふわりと振り切り、弾かれたようにロビーへ駆け出した。子供にとって、この場所は単なる宿泊施設ではなく、扉を開ければそこは巨大な菓子箱の内部なのだろう。磨き上げられた大理石のような床に、小さなスニーカーがキュッキュッという高い音を立て、その音が心地よいリズムとなって空間に広がっていく。大人がチェックインの手続きに追われ、大人の視線がフロントの書類に向いている間、彼らの世界は常に低い位置にある。カウンターの下に広がる秘密基地のような空間や、ふと目に留まったウェルカムスイーツの宝石のような色彩。彼らにとっての旅の始まりは、緻密な地図や計画ではなく、「ここに何があるか」という純粋な好奇心から始まる。冬の凍てつく外気とは対照的な、包み込まれるような暖房の温度。その温度差が、心地よい眠気と、これから始まる冒険への期待感を同時に運んでくる。子供たちの笑い声が、高い天井に反射して、まるで小さな銀の鈴を転がしているかのような軽やかなリズムで響き渡っていた。

氷の粒と、黄金色の円環を追いかけて

「ねえ、次はどの味にする?」という問いかけが、何度も、何度も繰り返される。このホテルでの最大のミッションは、おそらく食べ放題のアイスクリームをすべて制覇することなのだろう。小さな手でカップをぎゅっと握りしめ、色とりどりのフレーバーを前に、どれにするか極限まで集中して悩んでいる横顔。冷たいアイスが舌に触れた瞬間、あまりの冷たさに肩をすくめ、一瞬だけ顔をしかめる。けれど、すぐにまた甘い幸福感を求めて次のひと口を欲しがる。指先にひとしずく溶け出した白いクリーム。それを慌てて、けれど丁寧に舐めとる仕草に、私は完璧ではない旅の愛おしさを感じる。それから、バウムクーヘン工房への訪問。ガラス越しに見えるのは、ゆっくりと、けれど確実に回転しながら焼き上がる黄金色の層だ。機械が刻む規則的な低音のハミングと、オーブンから漏れ出る香ばしく甘い匂いが、子供たちの想像力を激しく刺激する。彼らにとって、それは単なるお菓子の製造工程ではなく、魔法の杖で世界を塗り替える儀式のように見えているのかもしれない。老大が「どうして丸いのか」を哲学者のように真剣に議論し、老二がその横で満足げにアイスを頬張っている。そんな、まとまりのない、けれど確かな体温を感じる時間が、冬のモノトーンな景色に鮮やかな彩りを添えていく。計画通りにいかないこと、誰かが途中でぐずること。そういう人生のノイズこそが、後になって一番鮮やかに思い出す記憶の断片になるという気がして、私はただ微笑んでいた。

呼吸が深く、ゆっくりになる時間

子供たちが深い眠りに落ち、部屋に本当の静寂が訪れたとき、ようやく私は「大人」としての時間を深く呼吸し始める。露天風呂付客室の和洋室という不思議な境界線で、ふかふかの布団に体を沈めると、一日中子供たちのペースに合わせて張り詰めていた肩の力が、ゆっくりと、溶けるように抜けていくのがわかった。浴衣の生地が肌に触れる、少しざらりとした、けれど清潔な心地よい感触。窓の外に目を向けると、夜の深い闇に溶け込みながらも、どっしりと構える南アルプス連峰が、かすかな月光に照らされて青白く浮かび上がっていた。そこにあるのは、都会では決して味わえない圧倒的な沈黙だ。客室の露天風呂に浸かると、40度を少し回ったくらいのちょうどいい温度のお湯が、冷え切った足先からじわりと芯まで温めてくれる。水面に浮かぶ小さな気泡が弾ける音だけが聞こえる密やかな空間で、私は自分の呼吸の音に耳を澄ませる。昼間の喧騒が嘘のように遠のき、ただ「ここにいていい」という根源的な安心感だけが残る。家族旅行というものは、常に誰かのニーズに応え続け、調整し続ける、ある種の緻密なチーム作戦のようなものだ。けれど、この静寂の中で、私は自分自身という個体にようやく戻ることができる。足りないものがあるからこそ、それを埋めようとする温もりが生まれる。孤独は消し去るべきものではなく、心地よい温度で抱えていればいい。そう思わせてくれる、冬の夜の深い静けさだった。

窓ガラスに結露した白い霧を指でなぞると、その向こうに、家族の寝息が静かに重なっていた。

  • 子供と一緒にバウムクーヘン工房を覗き、焼き上がりのタイミングに合わせて、お気に入りの味を一緒に選んでみてください。
  • お風呂上がり、南アルプスを眺めながら、家族でゆっくりとアイスクリームを分かち合う時間は、最高の贅沢になります。