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濡れた畳の匂いと、誰かの笑い声

濡れた畳の匂いと、誰かの笑い声

湯気に溶ける朝と、金色の記憶

炊きたての米が放つ、甘く白い湯気が、ゆっくりと鼻腔をくすぐる。それが合図だったかのように、家族の心地よい一日が始まる。窓の外はしっとりとした雨に包まれ、6月の甲府盆地は、世界全体が濡れた薄い絹の布で覆われているかのような、静謐な空気に満ちていた。ホテル八田で出された「甲斐の味わい」を前にして、上の子は「ねえ、これ全部食べていいの?」と、宝石を見つけた子供のように目を輝かせている。一方で下の子は、箸を動かすよりも先に、窓の外に広がる池庭園に心を奪われていた。雨粒が水面に描く無数の小さな波紋の間を、錦鯉たちが金色の光となってすり抜けていく。その光景は、まるで誰かが丁寧に描いた水彩画が、ゆっくりと動き出したかのようだった。大人たちは、地元の滋味溢れる野菜をゆっくりと味わい、温かいお茶で身体の芯からほどけていく。子供たちが「お魚さんに挨拶しに行きたい!」とはしゃぎ出したとき、私たちは、あらかじめ決めていた旅のスケジュールが、心地よく崩れていくのを感じた。計画通りにいかないことこそが、家族旅行という名の贅沢な正体なのかもしれない。畳の清々しい香りがかすかに漂う空間で、私たちはただ、雨が降るままに、時間が流れるままに、その瞬間に身を委ねていた。

紫陽花の色と、雨に濡れた指先

アスファルトから立ち上がる、雨上がりの特有の匂い。石和温泉駅からHotel Hattaまで歩く道すがら、私たちは「全員が濡れずに目的地に着く」という、ある種のチーム作戦のような状況に置かれていた。一本の大きな傘に家族四人が無理やり入り込み、肩が触れ合うほどの密着感に、誰からともなく小さく笑いが漏れる。さくら温泉通りに咲き誇る紫陽花は、雨に打たれていっそう深く、濃い青色に染まり、しっとりと濡れた花びらが街の色彩を鮮やかに塗り替えていた。上の子は「この色、魔法で塗ったみたいに綺麗だね」と呟き、下の子は水たまりを見つけるたびに、わざと足を踏み入れては、私たちの靴を濡らしてはにかんでいた。そんな賑やかな混乱の中でふと立ち寄った小さなお店で、地元の果物を使ったお菓子を分かち合った。口の中に広がる、凝縮された果実の甘みと、かすかな酸味。それは、雨の中で少し冷えた指先に、じんわりと体温を戻してくれるような、慈しみに満ちた味だった。完璧にコーディネートされた旅程なんて、この雨の前では何の意味もなさない。けれど、濡れた靴下で歩く不便さや、不自由な歩幅で寄り添い合う時間こそが、後で思い出すときに一番鮮やかに色づいている気がする。私たちは、紫陽花の深い青さと、子供たちの弾ける笑い声を、そのまま記憶のアルバムに刻み込んでいった。

葡萄色の湯船と、静寂の夜食

肌にまとわりつく、しっとりとした浴衣の柔らかな感触。貸切のワイン風呂に浸かったとき、お湯は淡い紫色に染まっていて、かすかに葡萄のような甘い香りが湯気と共に立ち上っていた。お湯の温度がちょうどよく、肩まで深く浸かると、一日中歩き回った足の疲れが、温かな液体に溶け出していく感覚がある。子供たちは「お風呂がジュースみたいだ!」とはしゃいでいたけれど、湯上がりには心地よい疲労感に包まれ、和室12畳の広い空間で、畳の上に大の字になって転がっていた。彼らが深い眠りに落ち、規則正しい寝息だけが部屋に満ちた頃、私たちは部屋の隅で、こっそりと地元の銘菓をつまみながら、大人のだけの静かな時間を共有した。畳の少しざらついた感触が手のひらに伝わり、遠くで聞こえる雨音が、部屋の静寂をいっそう深く、濃密に際立たせている。誰かが何かを言う必要はなく、ただ同じ空間で、同じ呼吸をしていること。それが、何よりも贅沢な時間であることに気づかされる。空っぽの空間に、家族の気配だけが心地よく満ちている。明日になればまた、賑やかで騒がしい日常に戻るのだろうけれど、この夜の静けさと、肌に残るワイン風呂の温もりだけは、ずっと消えない周波数のように心に残り続けるはずだ。

雨粒が、静かに窓を叩いている。

  • ぜひ、貸切ワイン風呂で葡萄色の世界に浸ってみてください。肌が驚くほどしっとりと柔らかくなります。
  • 食後は、さくら温泉通りをゆっくり散歩して、季節の果物を使った地元のスイーツを探してみてください。