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藤の花の香りが、袖口に残っていた

私たちの「大失敗」を静かに見守っていた5つのもの

  • 軋む木の階段: 誰かのスーツケースが派手に転がった乾いた音と、それに合わせて爆笑した私たちの声。古い杉の香りが鼻をくすぐる中、「ちょっとどいて!」と笑いながら狭い通路で3人が同時にすれ違おうとして、結局誰かが壁に押し付けられていたあの光景。階段昇降が必須というこの宿の構造が、私たちの不器用な距離感を心地よくかき混ぜていた。
  • い草の香る畳: 5月の柔らかな黄金色の光が差し込む和室。地図を広げて「ここ、どっちだっけ?」と議論しながら、誰かがこぼした地元の菓子の破片が転がっていた。「もう、ここで寝ちゃいたい」という誰かの独り言と共に、畳のひんやりした感触に身を任せて、深夜までくだらない話で盛り上がったあの混沌とした時間を、い草の香りはすべて吸い込んでいる。
  • 甲州牛の脂が乗った皿: 湯気が立ち上る肉の、完璧なまでのサシと、食欲をそそる濃厚な香り。箸が激しくぶつかり合い、「最後の一切れは絶対に譲らない」という、友人とは思えないほどの熾烈な争奪戦が繰り広げられた。口の中でとろける贅沢な味わいと、それ以上に激しかった私たちの野生的な食欲を、この白い皿は静かに受け止めていた。
  • 少しサイズの合わない浴衣: 綿の生地が肌に擦れる、少し硬くてざらついた感覚。帯の結び方がわからず、結局誰かが適当に結んで「これでいいよ、味があるし」と笑い合った。歩くたびに裾が乱れ、まるでパジャマのように着こなしていた私たちの、格好悪いけれど最高に自由だった姿を、布の繊維のひとつひとつが記憶している。
  • 貸切風呂の白い湯気: 「完熟の湯」という言葉通り、肌に濃密にまとわりつくような質感。お湯の温度が芯まで心地よく、深くため息をついた瞬間、普段は言えないような本音をポツリとこぼした。水面に広がる静かな波紋と、白い湯気の中に溶けていった私たちの秘密を、このお湯はすべて飲み込んでくれた。

もし、この部屋が口をきけたなら

きっと彼らは、私たちのことを「騒がしいけれど、心地よい嵐のような集団」と呼ぶだろう。旅の始まりは、真っ白な和紙に落ちた一滴の濃い墨のようなものだった。最初は個々の個性が鋭く、ぶつかり合っていたけれど、時間が経つにつれて、その境界線はゆっくりと滲み出し、互いの色に染まっていく。旅館 深雪温泉の静謐な空間に、私たちの笑い声というインクがじわじわと広がっていき、最後には誰が誰だかわからないほど、心地よい一体感に包まれていた。それは、計画通りにいかない旅だからこそ辿り着ける、ある種の化学反応だったのかもしれない。ふと気づけば、誰の意見に従うかではなく、ただ一緒にいることの心地よさだけが、部屋の温度のように共有されていた。

帰り道、どのお店のアイスが一番美味しいか、私たちは子供のように真剣に賭け合っていた。

  • 石和温泉駅から歩く10分間、あえて地図を見ずに迷いながら、5月の新緑の匂いを探してみてほしい。
  • 貸切風呂で、あえて何も話さない時間を5分だけ作ってみる。お湯の温度が、言葉以上に何かを教えてくれる。