← 回到 Laforet 伊東溫泉 湯之庭

花火の音が、少しだけ遅れて届いた夜

「たぶん、さっきと同じ角を曲がった気がする」

「ここであってるかな」
君が不安げに呟く。
「たぶん。でも、さっきと同じ角を曲がった気がする」
私が答えると、君は小さく笑った。浴衣の襟元が夜の湿気を吸ってじっとりと肌に張り付き、呼吸するたびに衣擦れの音が静寂に溶けていく。遠くで鳴り響く花火の音が、鼓膜を震わせるよりも先に、足元の地面を低く、心地よく揺らしていた。

ほどけていく、胸の奥の結び目

祭りの喧騒を背にして、ラフォーレ伊東温泉 湯の庭へと向かう十分間の路地。舗装された道の熱が、下駄の底を通して足の裏にじんわりと伝わってくる。慣れない歩き方に戸惑い、小さな石に躓きそうになった私の腕を、君がそっと支えた。その指先の温度に、心臓が跳ねる。私たちはまだ、お互いの心地よい距離感を探っている途中なのだ。もしかしたら、この旅が終わるまでに見つからないかもしれないけれど、その不確かささえも、今は愛おしく感じられた。

部屋の扉を開けた瞬間、い草の清々しい香りと、真っ白なリネンの清潔な匂いが混ざり合って鼻腔をくすぐった。そこは「ベッドスタイルの和室」という、伝統と現代が心地よく同居する空間だった。裸足で踏みしめた畳の、ひんやりとしていながらもどこか懐かしいざらつき。そこから一歩踏み出せば、今度はふかふかのベッドが足首に柔らかく触れる。この質感の境界線に立っていると、心の中に張り詰めていた正体不明の緊張感が、ゆっくりと溶け出していくのがわかった。胸の奥に固く結ばれていた結び目が、温泉の湯気に包まれた綿菓子のように、静かにほどけていく感覚。

夕食に供された伊東港の金目鯛は、口に入れた瞬間に濃厚な脂がとろけ、舌の上に贅沢な余韻を残した。地酒の冷たさが喉を通り抜けるたび、火照った体温が心地よく書き換えられていく。私たちは多くを語らなかったが、箸を動かすリズムが、いつの間にか同じ速度に同期していた。言葉にならない共鳴に、もどかしさと深い安心感が混ざり合う。

その後、客室の温泉に身を委ねると、肌を撫でる湯の柔らかさが、日々の強張りをすべて洗い流してくれた。洗面所のタイルの冷たさが足の裏から突き上げてくる感覚さえ、今の私には心地よい刺激だった。鏡に映る、湯上がりでほんのり赤くなったお互いの顔。誰に教わったわけでもないけれど、ここではただ、今のままでいいのだと思えた。完璧な答えなんてなくていい。このしっとりとした湿度と、深い静寂と、隣にいる君の体温だけが、今の私にとっての唯一の正解なのだ。

窓の外で、最後の一発の花火が、音もなく光だけを落として消えた。

  • 浴衣の帯を締め直すとき、わざとゆっくり時間をかけてみて。
  • 朝、誰よりも早く起きて、誰もいない庭の空気を吸い込んでみて。