← 回到 Laforet 伊東溫泉 湯之庭

湯気の中で、誰かが笑っていた

スーツケースのキャスターが、ロビーの磨き上げられたタイルの継ぎ目にガツンと激突した。静まり返った空間に響き渡る鈍い音。誰が一番先にドジを踏むか密かに賭けていたけれど、結果的に私の完敗だった。周囲の視線よりも、隣で「ぷふっ」と吹き出した友人の、意地悪で心地よい笑い声の方がずっと大きく耳に残っている。



伊東港から届いたばかりの魚が放つ、潮風を孕んだ突き抜けるような香り。炊き立てのご飯の上に贅沢に盛られた海鮮丼に、醤油を垂らした瞬間のじゅわっという音。口の中で弾ける鮮烈な甘みと塩気が、冬の冷え切った体にじわじわと熱を運んでくる。これこそが、今朝の海がくれた最高の贈り物なのだろう。


「和室なのにベッドがあるなんて、贅沢すぎない?」誰かが呆れたように呟いた。畳のい草が放つ懐かしい香りと、ホテルのベッドがもたらす現代的な快楽。その矛盾した心地よさに、私たちはあっさりと屈した。結局、誰が一番先に寝落ちするかという、どうでもいい競争が始まる。ラフォーレ伊東温泉 湯の庭の「ベッドスタイルの和室」は、大人のわがままをすべて叶えてくれる絶妙なバランスだった。


東郷平八郎が愛したという由緒ある温泉。私たちはそこで、わざと大将軍のような威厳ある顔をして湯に浸かっていた。けれど、誰かが足を滑らせて盛大に水を跳ね上げた瞬間、張り詰めていた静寂は一気に崩れ、いつものくだらない言い合いに逆戻り。格調高い空間であればあるほど、私たちは一番格好悪い自分たちになれる。


1月の外気は、肌を刺すように冷たい。けれど、露天風呂の真っ白な湯気に包まれていると、世界の境界線がふわりと曖昧になる。頬を打つ鋭い冷気と、芯まで解きほぐす熱い湯。その激しい温度差が、自分が今ここに生きていることを、皮膚感覚で鮮明に教えてくれる。もう、この心地よい繭から出たくない。


裸足で踏みしめた畳の、少しだけひんやりとした、けれど確かな弾力。和室の空間に漂う、贅沢なまでの余白。夜中の3時に、半分眠ったままトイレへ向かうまでの歩数。そんな、ガイドブックには絶対に載らない、私たちだけの親密な距離感こそが、この場所の本当の正体なのかもしれない。


庭の隅に、早咲きの梅がひとつだけ、誇らしげに顔を出していた。春が早まったのか、それともただの勘違いか。そんな些細なことで30分も言い合いをした。正解なんてどうでもいい。ただ、冷たい空気の中でその小さな赤い蕾を一緒に眺めていた時間が、なんだかたまらなく心地よかった。


賑やかな時間が過ぎ、部屋に深い静寂が戻ってきたとき。厚い布団のずっしりとした重みが、安心感とともに肩にのしかかる。明日になればまた、いつものように些細なことで口喧嘩が始まるのだろう。そう思いながら、ゆっくりと瞼を閉じた。この心地よい重みこそが、旅の終わりと、日常への帰還を告げる合図のように感じられた。

窓の外で、冬の夜風が小さく、けれど寂しげに鳴っていた。

  • 伊東港直送の鮮魚を、ぜひお腹いっぱい堪能して。
  • 温泉で芯まで温まった後、畳の上で思い切りゴロゴロするのが正解。