← 回到 伊豆高原・城崎溫泉 花吹雪

ぬるくなったお茶と、誰かの寝息

指先に触れる空気の密度が、少しだけ重くなった。9月の伊豆は、肌にまとわりつく湿気が、まるで誰かがそっと肩にかけた古い毛布のような、どこか懐かしく、ぬくもりのある温度を持っている。深い緑に包まれた静寂の中を、賑やかな足音と共に「伊豆高原・城ヶ崎温泉 花吹雪」に辿り着いた。

「ねえ、お風呂って全部スープなの?」

老二が真面目な顔で聞いてきた。貸切風呂が9つもあると聞いて、彼の中ではそれが巨大なスープの器の集まりに変換されたらしい。私たちは笑いながら、どの「スープ」に入るかという、ささやかな、けれど家族にとっては重大な作戦会議を始めた。大人が求める「静寂」なんてものは、この旅には最初から組み込まれていない。あるのは、廊下を走る子供たちの不規則なリズムと、それに振り回される私たちの、心地よい疲労感だけだ。

和モダンな趣が心地よい「日本の色棟」の客室に入ったとき、最初に気になったのは、足裏に伝わる床の絶妙な温度だった。冷たすぎず、かといって温もりすぎることもない。その温度が、ここが「誰かの家」ではなく「旅先」であることを静かに教えてくれる。老大は、自分にぶかぶかの浴衣を羽織って「大人の階段を登る」と言いながら、そのまま裾に躓いて派手に転んだ。その瞬間、部屋の中に弾けるように広がった笑い声。完璧な家族旅行なんて、どこにもない。けれど、その不格好な瞬間こそが、後で思い出したときに一番鮮やかに色がつくのだと思う。

夕食の懐石料理が運ばれてきたとき、立ち上がる白い湯気の匂いに、秋の気配が混じっていた。伊豆の海の幸と山の幸が色鮮やかに並ぶ。子供たちは、見たこともない食材に「これ、食べられるの?」と疑いの眼差しを向けながらも、一口食べればすぐに夢中で口を動かし始めた。私は、自分の分のお茶がぬるくなるまで、彼らの咀嚼音と、時折混じる賑やかな会話に耳を澄ませていた。音は情報だ。この賑やかさは、私たちが今、ここに一緒にいるという、何よりも確かな証明だった。

夜、貸切風呂の湯船に浸かると、森の深い呼吸が聞こえてきた。源泉掛け流しの熱いお湯が、皮膚の境界線を曖昧にしていく。子供たちが水しぶきを上げて騒いでいる横で、私はただ、天井から漏れるかすかな光を眺めていた。もしかすると、幸せとは、何かを得ることではなく、こういう「どうしようもない時間」を共有していることに気づくことなのかもしれない。伊豆高原・城ヶ崎温泉 花吹雪での夜は、そうしてゆっくりと、深い眠りへと溶けていった。

森の記憶に刻まれた5つの断片

  • 濡れた足跡の跡:ひんやりとしたタイルの冷たさと、点々と続く小さな水滴。誰が一番先に脱衣所へ駆け込んだのか、その速度さえも見えてきそうな躍動感。老二が最初に見つけて、誇らしげに指差していた。
  • 秋の香りがする湯気:懐石料理の椀から立ち上がる、出汁と季節の茸が混じり合った深い香り。肺の奥まで満たされるような、温かく濃密な安心感。老大が「いい匂い」と、鼻をひくつかせていた。
  • ぶかぶかの浴衣の袖:ざらりとした綿の質感と、歩くたびに床を掃くカサカサという乾いた音。大人になろうとして背伸びした、小さく丸い肩のライン。私が、その不格好さに密かに微笑んでいた。
  • 銀色のススキの穂:散策路で風に揺れていた、鋭くて柔らかい、不思議な手触り。夕暮れの琥珀色の光を吸い込んで、白く発光する静かな風景。パートナーが、ふと足を止めて見つめていた。
  • 午前七時の森のざわめき:窓を開けた瞬間に流れ込んできた、湿り気を帯びた土の匂いと、名前も知らない鳥の鋭い鳴き声。世界がゆっくりと目覚めていく、低い周波数の振動。私が、一番に耳を澄ませていた。
使い古されたタオルの柔らかな感触に顔を埋め、家族全員で深く息を吐いた夜。
  • 貸切風呂は予約不要なので、子供の気分が変わった瞬間に「次のお風呂へ行こう」と切り替えるのが正解。
  • 懐石料理の時間は長いので、子供用に小さなお菓子や、彼らが集中できる「秘密の遊び」を用意しておくと、大人の時間も確保できる。