凍てつく空気と、荷物の山と、小さな足音
指先に触れる空気は、鋭いナイフのように冷たく、肺の奥まで凍りつくような感覚があった。1月の定山渓は、世界が白とグレーの二色だけで塗りつぶされている。足元では子供たちが雪を蹴飛ばしては「見て!」と歓声を上げ、そのたびに白い粉が舞い上がる。大きなスーツケースのキャスターが凍った路面で不規則な音を立て、もう一方の手では泣き出した次男をあやす。この喧騒を誰が「優雅な家族旅行」と呼ぶのだろうか。正直に言えば、それは旅というよりも、心地よい混沌を伴った戦場に近いかもしれない。
けれど、その混乱の中にある種の安らぎを感じていた。それは、少しチクチクするけれど、ずっとしがみついて離れない厚手のウールセーターを纏っているような感覚だ。不格好で、重たくて、でも今の私たちにはちょうどいい温度。定山渓 ゆらく草庵のロビーに足を踏み入れた瞬間、外の冷気と室内の黄金色の温もりがぶつかり合い、視界が一瞬だけ白く霞んだ。チェックインの手続きを待つ間、長女が私のコートの裾をぎゅっと握りしめている。その小さな手の温度だけが、今の私にとって唯一の確かな正解であるように感じられた。
雪の結晶と、神社までの小さな冒険
あらかじめ計画していた観光ルートなんて、最初から意味をなさない。子供たちにとっての世界は、ガイドブックに載っている名所ではなく、道端に落ちている不思議な形の氷や、雪の上に残された名もなき鳥の足跡にあるからだ。定山渓神社まで歩く道すがら、次男が忽然立ち止まり、地面にへばりついて何かを凝視していた。近づいてみると、彼は凍りついた水たまりの中に閉じ込められた小さな気泡を見つけていた。彼にとってそれは、宇宙の始まりか、あるいは秘密の宝箱に見えたのだろう。「ねえ、ここ、氷の国だね」と長女が呟いたとき、ふと気づいた。私たちは目的地に辿り着くことばかりを気にしていたけれど、この子たちは「今、ここ」にある質感だけを純粋に味わっている。
厚いニットの編み目から漏れる冷たい風さえも、彼らにとっては冒険を彩るスパイスなのだ。家族で歩く速度は、大人が一人で歩くときよりもずっと遅い。けれど、その遅さがあるからこそ、豊平川のせせらぎが雪に遮られて低く響く重低音や、冬の澄んだ空気が鼻腔を抜けるときの鋭い感覚に気づくことができる。効率的に回る旅ではなく、迷いながら、立ち止まりながら進む。その不器用なリズムこそが、今の私たちに必要な周波数だったのかもしれない。雪の上に刻まれた家族の足跡が、ゆっくりと、けれど確実に続いていく。
ひばの香りと、深夜三時の静寂
子供たちがようやく深い眠りに落ちた。部屋の中には、規則正しい寝息と、かすかな加湿器の音が満ちている。天然温泉客室風呂付き和の客室に漂うのは、深く、静かなひばの木の香りだ。もともと音に敏感な私は、この部屋が持つ「静けさの質」に深く惹かれた。完全な無音ではなく、遠くで川の流れが低く唸り、時折、建物のどこかで木が小さく鳴る。その静寂の隙間に、私たちはようやく「大人」としての時間を取り戻す。
客室にある天然温泉の浴槽に身を沈める。お湯の温度は、肌に触れた瞬間、心地よい緊張感を与え、その後すぐに全身の力を抜いてくれる絶妙な加減だった。ひばの木肌に触れる指先から、森の記憶が静かに流れ込んでくる。お湯に浮かぶ白い湯気が視界をゆっくりと遮り、自分と世界の境界線が曖昧になっていく。昼間の喧騒が嘘のように遠い。子供たちの笑い声や泣き声、荷物の山。それらすべてが、今は心地よい重みとなって、私の心の底に静かに沈殿している。
ふと窓の外を見ると、深い闇の中に雪が静かに降り積もっていた。誰にも見られていない、誰にも邪魔されない時間。孤独は寂しいことではなく、自分という臓器を丁寧に手入れするための必要な時間なのだと、改めて思う。この温かい繭のような空間に包まれていると、明日また始まるであろう「家族という名の戦場」へ戻る勇気が、静かに湧いてくる。もしかしたら、この深い静寂があるからこそ、私たちはあの騒がしさを愛せるのかもしれない。
また、あの不格好なリズムで
チェックアウトの時間。子供たちは、もう一度だけ雪の中で遊びたいと駄々をこね始めた。昨日まであんなに寒がっていたのに、不思議なものだ。彼らにとってこの場所は、もう「寒い場所」ではなく、「楽しいことがあった場所」に書き換えられている。車に乗り込み、定山渓 ゆらく草庵の建物がバックミラーの中で小さくなっていく。
後部座席では、長女と次男がどちらがより大きな雪だるまを作れたかで言い争っている。相変わらず騒がしく、計画通りにいかない旅だったけれど、私の心には、あの厚い編み目の生地のような、温かくて少しだけ重い感覚が残っている。完璧な休日なんて、きっと退屈でしかない。不格好で、混乱していて、それでも誰かの手の温もりを感じられる。そんな不完全な旅を、私たちはまた繰り返すのだろう。きっと、来年の冬も。
- 定山渓神社まで歩くときは、あえて目的地を決めずに、子供たちが「止まりたい」と言った場所で一緒に止まって、雪の結晶を観察してみてほしい。
- 客室のひばの風呂では、あえて明かりを落とし、お湯の音と木の香りにだけ集中する時間を5分だけ作ること。大人の心に、静かな余白が戻ってくる。