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濡れた髪の匂いと、朝の色

濡れた髪の匂いと、朝の色

朝の光と、賑やかな食卓のシンフォニー

指先に触れるジュースグラスの鋭い冷たさと、誰かが落としたフォークが床に跳ねる高い金属音。グランドブリッセンホテル定山渓のレストランは、朝七時の時点ですでに、心地よい喧騒に包まれていた。私はてっきり、静寂の中で深く焙煎されたコーヒーの香りに浸る優雅な朝を想像していたけれど、現実はもっと賑やかで、愛おしい。長男が「ここ、お城の食堂みたいだ!」と声を弾ませ、次男が皿の上に焼きたてのパンをピラミッドのように積み上げ始める。その光景を眺めていると、ふと窓の外から差し込む光が、雨粒に当たって小さな虹色の粒に分かれていることに気づいた。まるで、バラバラな方向を向いている家族の個性が、一つのテーブルで鮮やかに混ざり合っているみたいだ。北海道産のミルクが喉を通る時の、あの濃厚で少しだけ重い甘さと、焼きたてバターの香ばしい匂い。子供たちが口の周りを真っ白にしながら笑い合う様子は、どんなに緻密に計算された旅のプランよりも、ずっと鮮やかな色彩を帯びていた。完璧な調和なんてなくていい。むしろ、この不揃いなリズムこそが、私たちの旅の正体なのだと感じた。

雨上がりの路地裏で、もちもちの幸せを分け合う

湿った土の匂いと、濡れたアスファルトが放つ独特の熱気。ホテルを出て定山渓の街へと歩き出したとき、空はまだ泣き出しそうな灰色をしていた。私たちは「夏灯路」のあたりを散策しながら、途中で見つけた小さなお店で温かい団子を買った。指先に伝わる、もちもちとした弾力と、甘辛いタレのねっとりとした温度。次男が忽然、「お空に虹が出てる!」と叫んで指差した先には、水溜まりに反射した街灯の光が、小さなプリズムのように揺れていた。私は、雨の日の移動がどれほど大変か、子供たちの濡れた靴下をどう処理するかという現実的な問題に頭を悩ませていたけれど、子供たちの目には、その不便ささえも冒険の一部に見えていたらしい。雨に濡れた紫陽花が、深い青から淡い紫へとグラデーションを描きながら、静かに呼吸している。その色彩の重なりを見つめていると、旅における「想定外」というものは、実は人生に彩りを添えるための装置なのではないか、なんて考える。目的地に辿り着くことよりも、道端で雨宿りをしながら分け合った団子の、あの心まで温まる味が、ずっと記憶に深く刻まれている。

静寂に溶ける甘い時間と、渓谷の深い紺色

裸足で踏みしめた絨毯の、沈み込むような厚み。部屋に戻り、お風呂から上がった後の心地よい倦怠感が、身体の輪郭を曖昧にする。温泉展望風呂付 ラグジュアリールームから見える渓谷の景色は、夜になると深い紺色に染まり、時折、遠くで風に揺れる木の葉が、光を屈折させて銀色の粒子のように舞っていた。子供たちはもう、浴衣をマントのように羽織って走り回る体力を使い果たし、ベッドの中で小さく丸まっている。そんな静寂の中で、私たちはコンビニでこっそり買った地元のスイーツを、小さな皿に分けて分かち合った。口の中でゆっくりと溶けていく、冷たくてクリーミーな甘い感触。それは、一日の騒乱が終わった後にだけ許される、大人たちの秘密の儀式のような時間だ。お湯の温度がちょうどよく、肩から指先までじわりと緩んでいく感覚。隣で静かな寝息を立てる子供たちの顔を見つめていると、胸の奥にある、名前のつかない温かい塊がゆっくりと広がっていくのが分かった。私たちはきっと、これからも何度も喧嘩をし、迷子になり、予定を台無しにするだろう。けれど、この部屋を包む柔らかな間接照明と、湯気に揺れる光の粒がある限り、どこへ行っても大丈夫だと思える。

濡れた髪から漂う石鹸の香りと、隣で眠る家族の体温だけが、本当のことだった。

  • 渓谷を望む展望風呂で、あえて何も考えずに、ただお湯の温度と肌の境界線が消えるまで浸かってほしい。
  • 夕食のローストビーフを堪能した後、子供たちと一緒にエンプレスガーデンの光の中を、ゆっくりと迷子になるように歩く時間を。